調査マシンの都合で、俺たちはレリクス内部で立ち往生していた。
 なんでも、自動運転だと障害物を回避できず、壊れる恐れがあるらしい。

「今日び障害物検知機能がないって……、ル◯バ以下だな」

 呆れた声で呟く俺に、ヒューガさんが困った様子で反応した。

「さすがにル◯バと同列に語るのは酷だと思いますよ、ソウジさん……。
 自走しつつリアルタイムで情報収集、と同時に解析。これだけでもCPUへの負荷は多大なものなんですから。
 掃除するだけのマシンとは、はじめから求められる物の次元が違うんですよ。
 それに、障害物検知機能がついていたとしても、今回の件で役に立つかは疑問ですし」

 言われてみればなるほど、確かにそうだ。
 いくらル◯バでも横から飛び出すプレスの動きを把握し、タイミングよく道を渡るなんて芸当は出来ないだろう。
 ごめんな調査マシン、バカにして。俺は粛々と反省しようとして――

「……まぁ、それらを考慮しても、これがロースペックなのは確かなんですけどね。
 そもそもが事変以前の談合で作られたんですよ、これ」

 ――どえらいことを聞かされてしまった。





 調査マシンにまつわるエトセトラ






「まさか本当に使うことになるとは思ってなかったみたいで、太陽系警察の天下り企業に発注したとか。
 なんでも、相当なキックバックがあったみたいですよ。
 事変以後は常に予算カツカツで新造も出来ず、現場の涙ぐましい努力でどうにかしてる状態ですね。
 責任を問うべき当時の幹部達は、件の事変で死んだり、或いは利用して証拠を隠滅……と、上手いこと逃げられてしまいました」

 く、腐ってる……!
 まさか他愛もない呟きから、こんな腐敗しきったガーディアンズの内情を知る事になるなんて……。

「……でも、これだって開発部の頑張りのおかげで、だいぶ改良されたんですよ?
 当初は逆に障害物検知機能が効きすぎて、原生生物が周囲3m内にいると止まったらしいですから。
 ちなみに、同年代の当社製品なら、同価格帯で、搭載されたAIが自動的に障害物を回避しますし、これの約10倍の速度で情報収集、解析をします。
 最近出した新製品ならさらにAIが進化、より的確な状況判断を下せるようになり。演算速度に至っては約200倍! おまけに光学迷彩を搭載し――」

 スペック差ありすぎるだろ!? どれだけ予算抜いたんだよ!
 商品説明を続けるヒューガさんの横で俺が頬を引き攣らせていると、背後でナギサとワイナールがこっそりと会話を交わすのが聞えた。

「……なぁ、ワイナール。"だんごう"や"あまくだり"ってなんだ?」
『え、えーっとね……』

 ……がんばれ、ワイナール。
 ワイナールに生暖かいエールを送ると、ちょうど調査マシンをいじっていたルミアが声を上げた。

「――はい、調査マシンを自動運転から手動運転に切り替えました。これでなんとか切り抜けましょう!」
「うん」
「えぇ」
「うむ」

 上から俺、ヒューガさん、ナギサ。みんな異論はないので頷く。
 文字にすると、ナギサの返事はちょっと偉そうだな。

「それでは、はい」
「うん」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……うん?」

 何も言わないのでルミアに視線を向けると、俺に向かって両手でリモコンを差し出していた。
 にこりと笑みを浮かべている。

「……もしかして、俺が操作するの?」
「はい!」

 すごくいい返事だった。
 うん、研修生の頃からルミアはいい返事をする娘だったな。
 再びリモコン、ルミアと視線を動かす。にこりと、笑みを浮かべている。
 どうやら、聞き違いではなかったらしい。

「……えーっと。俺、操作したこと無いんだけど?」
「私が教えます! 簡単ですよ!」

 「じゃあルミアが操作すればいいんじゃないか?」という言葉を飲み込む。
 なぜかそれを言ってはいけない気がしたのだ。かわいらしい笑顔に、無形の重圧を感じる。
 邪気のない瞳が、きらきらと俺を見つめる。ま、眩しい!

「そ、それじゃあ、頼む。……だけど、大丈夫なのか?」

 ――単なる一傭兵にガーディアンズ備品の操作を任せちゃって。バレたらうるさいだろ、庶務の連中とか。
 言外にそんな意味を篭めて、ルミアに視線をやる。
 すると、一瞬きょとんとした表情を浮かべると、すぐに笑みを――さっきよりも深い、花の咲くような――浮かべた。

「大丈夫です! 他の有象無象ならともかく、ソウジさん相手にそんなふざけたことを抜かす輩は"もう"いません!」
「も、"もう"?」
「はい! "もう"いません! だからソウジさん! お願いしますね」

 にこりと、改めて差し出されるリモコンを、ただ受け取る事しか出来なかった。
 「いったい何があったんだ」、それを訊く勇気は、なかった。

「……あぁ、任せてくれ、ルミア」
「ふふ、ソウジさんの華麗なるリモコン捌き、期待してますね!」
「ぜ、善処するよ……」

 瞳を輝かせながらそういうルミア。
 目は口ほどにものを言うとは言うが、これほどまでに期待を露にされるとは……。
 肩が重い……。こんなに期待が重いと感じたのは初めてだ……。

 ……しかし本当に簡単だな、操作。指一本で出来る。
 と言うかさ、俺達のいる位置からだとマシンの後ろ姿しか見えないよね?
 奥まで結構距離あるよね? これで横から飛び出すプレスを回避しながら、前に進めるの? マジで?

 ――チラッ。

 背後には、両手を胸元で組み、ニコニコと期待に満ちた目を向けるルミア。
 俺が失敗することなど、微塵も考えていない信頼しきった瞳。――教官に任せれば間違いない!。
 両肩にかかる重みは、ルミアの期待。確かに荷は重い。だが、これを、裏切る?

 ……は、はは、は、フハハハハハハハハハ! ――冗談じゃない。
 ミシリと、リモコンを強く握る。俺の誇りは、例えどんな逆境であろうと、仕事を完遂してきたこと。
 ましてや、かつての教え子が期待して見ている眼の前で、恥をかけるかよ!

「――ルミア」
「はい!」
「俺の生き様、しっかりその目に焼き付けろ……!」
「……! はい! 不肖ルミア・ウェーバー! 一瞬たりともソウジさんから目を離しません!」

 ボタンを叩く。全神経を指に注ぎ込み。一心不乱に。叩く。叩く。叩く。
 指が折れるまで、指が折れるまでっ……! 神よ……、俺を祝福しろっ……!



 ナギサはゴクリと、白い喉を鳴らした。
 眼前では、胸元で両手を組み、ニコニコと笑顔を浮かべたルミアが、強烈なオーラを発していた。
 ソウジへの期待感がオーラとして具現化し、質量すら伴っているのだ。

「――ルミア、と言ったか。なんて凄まじいプレッシャーを放つんだ……。
 今まで数々の使い手と戦ってきたが、これほどまでの使い手とはあったことがない。出来れば敵に回したくないな……」

 ルミアのオーラに慄くナギサだったが、次いで視線を動かすと、ふっと頬が緩んだ。
 そこには、ルミアの発する押しつぶされんばかりのオーラを受けながらも、堂々とリモコンを捌くソウジの背中があった。

「……しかし、やはりすごいのはソウジだ。あれだけのプレッシャーに晒されながらも、ミッションを完璧にこなしてる。
 やはり彼に助力を求めたのは正しかったようだな。フフッ、ヒトの背中が、これほど頼りに見えるのは初めてだ……」
『いや、ナギサちゃん。それ違くないけど違うからね?』
「ん? 「違くないけど違う」ってどういうことだワイナール? 言ってることがおかしいじゃないか」

 いつものコントを始めるナギサとワイナールの横で、ヒューガは額に手を当てて悩んでいた。

「気の毒というべきか、あれほど想われて羨ましいというべきか……、うーん……」
『あれはもっとプリミティブというか、うーん……』

 どう説明したものかと、これまた額に手を当てて悩むワイナールの横で、ナギサは尊敬に満ちた瞳をソウジへ向けるのだった。



「さ、さらに重圧が!? ま……負けるかァアアアアアアアアアア!」
「ソウジさん……、素敵です……」







 〜あとがき〜

 ナギサのキャラが難しい。

 



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