クリスマス。
 グラール太陽系において知らぬ者はいない、年末の一大イベントである。
 世の中は色鮮やかなイルミネーションに彩られ。誰もが親しい人々らと楽しい時間を過ごす。
 そんながっつり定着したイベントにも関わらず、そのルーツは定かではない。
 元はグラールの某企業が仕掛けたイベントであるとか。グラール入植以前の宗教イベントであったとか。
 長らく様々な学説が唱えられてはいるが、今以って真実は分からない。

 ただ唯一の真実は、このイベントを、グラールの誰もが楽しみにしているということだ。
 そして、そんなクリスマスを楽しみにしている少女たちが、ここにも――





サンタドレスにまつわるエトセトラ




「というわけで、クリスマスはサンタの格好してソウジさんの部屋に押しかけましょう!」
「……」
「どうしたの?」

 ポカーンと口を開いてるあたしを、ルミアは不思議そうな目で見つめる。

 ――例のごとく、舞台はあたしの部屋。向い合って座ったテーブルの片側にルミアがいる。
 とりとめのない会話から、ふとクリスマスの話題になったと思ったら、ルミアはいきなりそんなことを言い出したのだ。
 一種のサプライズを仕掛けようって話なのは分かってるし、この話に乗ること自体はやぶさかでない。
 ただ、気になったのは。

「いや、ルミアの性格的に、当日一人でソウジの部屋に行きそうだなぁ、って思ったから。誘われたのが意外で」

 具体的に言うと、いつぞやの猫耳の時みたいに。
 もっと言えば、いつぞやのエイプリルフールの時みたいにハメるつもりじゃないのか。
 ――思わず警戒してしまうあたしを、誰が責められようか。
 けれど、ルミアといえばあっけらかんとしたもので。

「もちろん、最初はそのつもりだったわ」
「あ、やっぱりそのつもりだったんだ」

 おまけに「もちろん」と来たもんだ。

「けどさすがにね。クリスマスにサンタの格好して部屋に押しかけるなんて、ベタすぎるじゃない?」
「ネタかぶりを恐れた、ってわけ? でも、あんたにしては弱気な話じゃないの。あたしが用意してなかったら、敵に塩送るようなもんでしょ?」

 そんなあたしの疑問に、何故か流し目で答えるルミア。妙に色っぽいのが腹立たしい。

「……実際、用意してるんでしょ?」
「……まあね」

 ニヤリと笑みを浮かべるルミア。何となく目を逸らすあたし。見透かされた――!

 サンタドレス一式。既に買ってナノトランサーの中に収納済みだ。
 いくらあたしでもクリスマスくらいは知ってる。
 押しかけるつもりはなかったけど、当日これに着替えてソウジと会うつもりではいた。
 勘違いしてほしくないのは、決してあたしに下心はないということだ。そう、単に服を見せたいだけなのだ。決してソウジから「可愛い」って言われるのを期待したり。そこから「そんな褒めたって何も出ないわよ? ……で、でも、ソウジがしたいなら、あ、頭とか撫でてもいいけど?」みたいな流れで頭を撫でてもらったりするような展開を、断じて期待してたりなんかしてなかったからマジで本当だからそんな目で見ないで!

「……うー」

 客観的に考えてみると、あまりに脳内桃色すぎる。
 あたしは、思わず両手で頭を抱え、テーブルに突っ伏した。

「なによエミリア、いきなり両手で頭を抱えて」
「なんでもない……」
「そう? ……とにかく。どうせ同じような事考えてるなら、お互いに打ち合わせてサプライズを仕掛けた方が楽しいじゃない?」

 テーブルに突っ伏した状態で、目線だけを上げてルミアの顔を見る。
 口元に微笑みを浮かべながらそういうルミアに、邪心は感じられない。
 ……いや、ちょっとまだ信じ切れないところもあるけど、大丈夫だと思う。たぶん。
 あたしは顔を上げると、賛同する。

「……うん、そうだね。やろう!」

 つまりは秘密の共有。なんだか素敵な響きだ。
 そして、いきなりサンタ服で押しかけたら、一体ソウジはどんな顔するんだろう。
 だんだん、あたしもわくわくしてきた。

「となると、ナギサも呼ばないと!」

 こんな楽しそうなこと、ナギサだけ仲間はずれにするなんてあり得ない!
 確か今日はフリーミッションに出かけてたハズだから、明日にでもみんなで集まって……。
 と考えていたら、ルミアは自らの薄い胸を叩くと、ドヤ顔で言った。

「ふふ。当然、ナギサには既に連絡済みよ。さっきフリーミッションを終えて、今こっちに向かってる頃……」

 その時、ピンポーンと呼び鈴の音が聞こえた。次いで、備え付けの液晶に、ドアの向こうに立つナギサの姿が映った。

「ナイスタイミングね」

 ルミアの声にあたしは頷くと、「はーい」と部屋のドアを開けたのだった。




 ***




「――当日はこの段取りでいきましょう」
「おっけー」
「わかった」

 上からルミア。あたし。ナギサ。テーブルを中心に、3人向き合って椅子に座っている。
 打ち合わせそのものはあっさり終わった。
 以前から予定されていた、リトルウイング主催のクリスマスパーティーの直前、サンタ服を着てソウジの部屋へ突入。
 そのままパーティー会場まで引きずり出す。単純明快だ。

「ところでさ」

 無事打ち合わせも終わり、和やかな雰囲気が漂い始めたところで、あたしは二人に声をかけた。

「なに?」
「なんだ?」

 応じる二人。あたしは続ける。

「当日の前に、今みんなでサンタドレスの衣装合わせしない? 持ってきてるんでしょ?」
「いいわね。私も二人がどんなの買ったのか気になってたのよ」
「私も構わ……ない、ぞ」

 あたしの提案に快諾する二人。
 ……何だかナギサの歯切れが悪かったような気がするけど、気のせいよね。

 椅子から立ち上がるあたし達。ルームグッズを置けるように広くスペースを取られた場所まで移動する。

「じゃあ、着替えるわよ」

 ルミアの号令に合わせて、ナノトランサーのデータベースにアクセス。
 サンタドレスを選び、全身青い燐光に包まれると、次の瞬間にはサンタドレスだ。

 左隣のルミアも、ほぼ同じタイミングで着替え終わった。
 あたしと同じ、ケープの付いたサンタドレス。
 ルミアと目を合わせる――チューブトップのオーソドックスなサンタドレス(※DLCのアレ)を試着して、胸元を見て「あ、無理だ」と即座に判断した者の目。
 お互いにフッと笑い合う。どこか哀愁が漂っていたのは放っておいて欲しい。

「……で、でも、結構かわいいよね、このサンタドレス!」
「えぇ! そうよね!」

 二又に分かれた先端に、白いポンポンの付いた赤い帽子。
 赤で統一された、長袖のワンピースにケープコート。長袖とケープの端っこには、白いモコモコ。
 足にはぴったりとした白いタイツ。靴はひざ下まである赤いサンタブーツ。ワンピースの丈がミニなのは基本!
 実際とにかく可愛らしい服なのだ。……でも、今のあたし達が求めているのはキュートではなくセクシーなのだった。

「きっとソウジもあたし達の可愛らしさに為す術なしよ!」
「そうね!」
「「ふ、ふ、ふ……」」

 笑い合うあたしとルミア。半ばやけっぱちだった。

 右隣から青い燐光が消えた。どうやらナギサも着替え終えたみたい。
 ……多分、チューブトップのサンタドレスなんだろうなぁ……。ナギサのスタイルならビシッと決まってるんだろうなぁ……。

 少し憂鬱になりつつ、あたしは羨望の入り混じった視線を向けて――絶句した。

「なっ……」

 まずこぼれんばかりのおっぱいに目が行った。予想通り、チューブトップの、オーソドックスなサンタドレス。
 チューブトップの構造上、ナギサの憎いほどの発育から考えれば妥当な結果だろう。
 そんなのはあたしだって普通に想定した。ただ一つ想定外だったのは、本当に「こぼれ落ちそう」なのだ。
 締め付けられたおっぱいがはみ出てるとかそういう次元じゃない。ちょっと動いたらそのまま"ぶるん"、なんて擬音と共に剥き出しになりそうなくらいに。

(きっちきちだ、見てるこっちが恥ずかしくなるくらい、きっちきちだ)

 腕も、腰も、ぴっちりと服に締め付けられていて、躰のラインが完全に浮き出てる。
 スカートなんかもミニすぎて……今はナギサが右手で引っ張ってるから、前からは見えないけど、後ろから見たらショーツ丸見えのハズ。
 黒のニーソックスなんかも破けそうなくらいぴっちり。伸びて薄くなってる。

(……どう考えてもワンサイズかツーサイズ小さいよね、そのサンタドレス!?)

 下品。ハッキリ言って下品だ。この格好は。
 しかしナギサの整った顔立ちと、完成されたプロポーションによって、その下品さが――むしろアクセントとして機能している。
 さながら、巨匠によって描かれた、完成された絵画に落書きするかのような、背徳感。
 やらしい、すごくやらしい。ひょっとしたら裸より、ずっとやらしい。仮にこんな格好で攻められたら、さしものソウジも――

 ――ベッドに仰向けで横たわる、裸のソウジ。白いシーツを胸元までかけ、左手を手枕にして、右手に持った煙草をくゆらせている。
 不意にシーツのこすれる音。視線を左隣に向けるソウジ。同じシーツの中で、身をよじるナギサの姿。覗く上半身は、裸。
 シーツから這い出すように、ナギサはソウジの胸元にしなだれかかっていく。どこか男に媚びるような所作。瞳には、淫靡な光。
 ソウジは口角をわずかに上げると、サイドボードに置かれた灰皿に煙草を押し込み、そのままナギサに覆いかぶさっていく。
 切なげな声。ナギサの白い裸体が、淡いオレンジのルームランプに照らされ、艶かしく踊る――


 ――はっ! 一瞬トリップしてしまった。
 ゴクリと、つばを飲み込む。圧倒的なポテンシャル。あたしは初めて、ナギサを恐ろしいと思った。

「な、ナギサ、その服……」

 震えそうになる躰を、声を、必死に制しながら問いかける。
 「――まさか自分で選んだわけじゃないよね?」しかし、そこまでは声にならなかった。ハッキリ訊くのがコワイ。
 いや、いくらなんでもYESとは言わないと信じてるけど、けど、もしYESと言われたら。
 ナギサが、自分の武器を理解していたとしたら。

(――勝てるのか、あたしは)

 喉が、たまらなく乾くのを感じた。
 あたしの曖昧な問いかけに、ナギサは答えてくれた。

「……なにか、変だろうか?」

 そう言いつつも、ナギサも自分の格好の際どさは自覚しているようで、白い肌をほんのり赤くさせている。
 左腕で胸を隠して、右手はスカートの端なんか握って、うつむき加減にもじもじとしちゃったりして――ひぃ。喉元まで出かかった悲鳴を、何とか堪える。
 底が見えない……! 何なのこのセクシャルモンスターは!?

 あたしは、嫉妬と恐怖と今すぐ飛びかかってドレスをひん剥いてしまいたい衝動を何とか抑えこみ、答える。

「いや、変、っていうか。限りなくアウトだけど、ある意味ド直球ストレートっていうか」

 "性夜"的な意味でね! ……ごめん。今の忘れて。

「……? よく分からないが、やはり変なのか?」
「……やはり?」
「あぁ……。正直、私も私が着るには小さいと思ってたんだ」
「じゃあ、どうして」
「ショップの店員から、『この方が男の人は喜びますよ!』と勧められたんだ。それで、あのヒトも喜ぶだろうと思って買ったんだが……」
「いや、まあ、喜ぶと思うよ? 内心絶対喜ぶと思うよ? でも、それと同じくらい困るんじゃないかな……」

 あたしの脳裏に浮かんだのは、半年ほど前の出来事。
 具体的な内容までは思い出せないけど、確かそう、仕事でリトルウィングがソウジに無茶な要求をした時の事だ。
 珍しく(本当に珍しい)渋るソウジに対し、チェルシーは動いた。
 ソウジの右腕に抱きついたかと思うと、「お・ね・が・い♪」なんて言いながら胸を押し付けるチェルシー。露骨なまでの色仕掛けだった。
 それに対して、「そんな困りますよ」的なリアクションをしつつも、嬉しい気持ちを隠しきれず、なんともしまらない表情をしていたソウジを思い出す。
 言うまでもなくソウジは無茶な要求を呑んだ。

「やっぱり胸なの!? 胸なのか!」

 あの時は思わずマイルームで壁ドンしたっけ……。それはまあ、さておき。

 でも、これでナギサはこの服を自分の意志で選んだわけでないことがハッキリした。
 ……安心した! すごく安心した!

「?? よく分からないが、やはりもう一回り大きいのに買い換えた方がいいんだろうか?」
「うん、今すぐ行って来るといいと思うよ。ついでに別のサンタドレスに買い換えるといいんじゃないかな、うん」
「そうか……。それなら、早速ショップまで行ってくる」

 どこかホッとした表情を浮かべるナギサ。やっぱり自分でも自分の姿に疑問は抱いていたらしい。
 ……それでも着てしまうのがナギサらしいといえばナギサらしいのかもしれないけど。
 このまま衣装合わせをしなかったらと思うと、ゾッとする。提案したあたしを褒めてあげたい気分で胸いっぱいだ。
 きっちきちのサンタドレスを着たまま、ナギサは部屋を出ようと――

「――ちょ、ちょい待ちぃ!」

 右手を突き出してあたしは叫ぶ。

「ん? どうしたエミリア?」
「どうしたじゃないわよ! 着替えていきなさい! 着替えて! ほら!」

 あたしは必死に叫んだ。
 ナギサのため。友人である自分達の保身のため。すれ違った少年の性癖が歪んでしまわぬため。

「……おっと、忘れていた。ありがとう、エミリア」

 そう言ってナギサはいつも通りの服になると、今度こそショップに向かって部屋を去っていった。
 扉が閉まるまでを見届けたところで――あたしはよろけ、壁にもたれかかった。

「お、終わった……」

 深いため息。
 サプライズが目的とはいえ、ナギサのあれじゃキャラバクラ接待的なサプライズになってしまうところだった。
 ひとしきりホッとしたところで、ふと、さっきからルミアが声を出していないことに気付いた。

「ルミ……ひぃ!?」

 思わず悲鳴をあげてしまった。
 左隣に視線を向けると、ルミアは目を見開いたまま固まっていたのだ。
 その瞳は何も映さず、ぐるぐると黒い何かが渦巻いている。

「……エミリア」

 平坦な声。
 何の感情も込められていない声が、却ってルミアの荒ぶる内心を伝える。

「な、なに?」
「……今この時ほど、"平等"って言葉の薄っぺらさを実感した瞬間はないわ……!」

 そう言って崩れ落ちるルミア。
 そんなルミアを前にして、あたしに出来たのは――

「……うん、そうだね」

 ――ただ心の底から同意する事だけだった。
 いたたまれなくなって、うなだれる。自分のつま先が見えた。




 ***




 結局、ナギサはエミリア達と同じサンタドレスに買い換えてきた。
 もちろん、今度はちゃんと体型に合ったサイズだ。

 そして迎えた当日。

「「「メリークリスマス!」」」
「おぉ! みんな可愛……らしいな!」

 三人揃ってサンタドレスでソウジの部屋へ飛び込むと、ソウジは喜び、褒めた。
 三人揃って「可愛らしい」という言葉に照れる一方で――ルミアとエミリアは複雑な気持ちを抱いていた。

「……ソウジ、今ナギサの方見て一瞬言い淀んだわよね」
「……どうしてかしら。同じサンタドレスなのに、ナギサが着ると別の服みたいに見える」

 囁き合うエミリアとルミア。
 視線の先には、二人と同じケープの付いたサンタドレスを着たナギサ。
 一見してクールな雰囲気のナギサが、可愛らしい服を着ることでギャップを生み出し、言いようのないエロティシズムを生み出していた。
 そしてそれは、ナギサのスタイルという裏付けがあってこそのことで……。

「「……はぁ」」

 圧倒的なスタイル格差を前に、エミリアとルミアは死んだ目でため息をつくのであった。




















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