※今作は「EP2・3主人公=PSPo2の主人公」と言う設定です。 ※ルミアは主人公に惚れてるとか、そんな感じです。 「ふんふんふーん♪」 チェルシーが鼻歌を歌いながら、山と積まれた四角い箱を紙袋に包んで分類している。 毎年この時期になるといつも行う作業だった。 あたしはそれを、チェルシーの部屋に備え付けられたソファーに座りながら見つめている。 「これはシャッチョさんで〜、これはお世話になってるブラウンさんで〜、あっ、これはエミリアのぶんネ〜」 そう言って箱の一つを渡される。 箱は赤茶色の包装紙で丁寧に包まれていた。 中身は見るまでもなく分かっている。チョコだ。 この時期になると何故だかチェルシーはチョコを色々な人に配っている。 「これも大事なサービスサービスぅ♪ネ」とはチェルシーの談だ。 去年まではただ単にチョコを受け取って、普段なら食べられない高級チョコに舌鼓を打っていたが。 今年はそんな単純な気持ちではいられなかった。 学者としての探究心が、ただ受け入れるだけの姿勢を許さない。 「ねぇ、チェルシー」 「なに? エミリア?」 チェルシーの前にさっき貰った箱を掲げる。 いつも貰っているチョコレート。箱のデザインは数年間変わることなく、同じ単語が柄のように書かれている。 それを指差し、訪ねる。 「……この、『ハッピーバレンタイン』ってどういう意味?」 草食的バレンタイン ルミアにそのことを話したら、それはもう笑われた。 「ば、バレンタインを知らないって……、あなたどれだけ浮世離れしてるのよ……」 私の部屋、ベッドの前に置いた小さなテーブルを挟んだ先に、笑いすぎたのか目に涙をためながらルミアは言う。 「ふーんだ、別に知らなくたって死にはしませんよーだ」 あたしはストローでジュースを啜りながら、それに答える。 ……すごく癪だ。 こんなメジャーな行事の名前を知ることすら面倒くさがった、過去のあたしを殴りつけてやりたい気分だ。 「その様子じゃ、バレンタインの準備もしてないんでしょうね」 「何よ準備って?」 ルミアの言葉に眉を顰める。 「勿論、意中の人へあげるチョコの準備よ」 「い、意中って……」 そこでハッとする。 「好きな男の子へ愛を伝えるイベントでもある」と言うチェルシーの言葉が頭を過ぎった。 「私はもちろん教官に用意してるわ。ナウラ三姉妹のケーキ屋さんに、チョコレートケーキの予約を入れてあるの。……これでエミリアに一歩リードね」 ニヤリと笑みを浮かべるルミア。 思わずしどろもどろになる。 「べ、別にあたしはあいつのことをそんな目で……」 「はいはい、そう言うことにしておいてあげるわ」 フフンと勝ち誇った顔でそう言うルミア。 く、悔しい。 押されっぱなしの状況を打破する為に、頭を回転させる。 けれど教官、つまりあたしのパートナーにチョコを用意したと言う言葉に焦っていいことが思いつかない。 何か、何か……? あれ、そういや今日って確か……。 「……ねぇ、ルミア」 「なに?」 まだ勝ち誇った笑みを浮かべているルミアにあたしは言う。 「確か今日って2月14日だよね? こんなところにいてもいいの?」 「予約している」と言う言葉から、既にチョコを渡しているとは思えなかった。 ならこれからチョコを取りに行って渡しに行く? 有り得そうだったが、その割には随分ノンビリしてるような……。 「……え?」 ルミアがキョトンとした顔をする。 「きょ、今日って2月の12日じゃないの?」 今度はルミアがしどろもどろになった。 さっきまでの余裕はどこへやら、額から滝のような汗を流している。 「14日よ。ほら、カレンダーにも」 あまりの変貌っぷりに少し引きつつ、そう言って卓上電子時計のカレンダーを見せる。 常に電波で同期をとっているから正確さは折り紙付きだ。 ガバッと時計を掴むと、食い入るように見つめ、何やら呟き出した。 「ケーキ屋までは大体10時間前後……、今は13時だから今日中に辿り着くことは出来るはず……、いやでも営業時間は朝9時から夜10時までだから……」 「……間に合いそうにないわね」 私がそう言うと、ルミアは崩れ落ちるように椅子から落ちた。 顔面蒼白。小刻みに震えているのは決して気のせいではないだろう。 絶望に打ちひしがれるルミア。 アルテラツゴーグを前にして、気丈に立ち向かった彼女の姿はそこにはない。 「けど何でまた日付を間違えるなんて」 「……この前受けた仕事が忙しくて、それこそ昼夜の境も分からないくらいハードだったのよ。それで曜日感覚が狂ったんだわ……」 悔しそうに、そう言うルミア。 そこまでバレンタインに賭けていたんかい……。 思わずゴクリと唾を飲み込む。 「一生の不覚だわ……、よりにもよってこんな貴重なチャンスを逃すだなんて……!」 ルミアは頭を抱えて蹲る。 全身から発せられるドンヨリとしたオーラが周囲の空間までドンヨリと染めていく。 普段のルミアならありえないオーバーリアクションに驚きつつ、あたしも椅子から立ってツッコミを入れる。 「そんな大げさな……」 「甘い! 甘いわエミリア!」 「うわ!?」 あたしのツッコミにグワァと身を乗り出し反応するルミア。 勢いに圧されて思わず後ろに引く。 「あの鈍感通りこしてまともな恋愛感情があるのかすら怪しいあの人に想いを伝えるには、こういうイベントを利用しない手はないのよ!」 ひどい言いようである。けれど、一理あった。 「やってしまった……!」と再び蹲るルミアを見つつ。 あたしも徐々に後悔の念に包まれ始める。 想像する。 知らない女から告白と共にチョコを受け取り、OKするあいつ。 『本当にOK貰えるなんて思えなかった』 『どうして?』 『だって、いつもあの子……エミリアと一緒にいるから』 『ははは、あいつは単なる"仕事のパートナー"さ。もっとも……』 髪をかきあげ、ニヒルな笑みを浮かべるとあいつは言う。 『……俺の人生のパートナーは君だけだけどね』 『もう、口が上手いんだからぁ』 『ハハハ、ハハ、フハハハハハハハハハ!』 そして腕を組んで仲睦ましく立ち去っていく二人。 ここまで想像したところで目の前が真っ暗になる思いがした。 確かにあいつはトンでもない鈍感だ。 だけど、そうでなくても大切なことは言葉に、形にしないと伝わらないのは誰だって変わらない。 知らなかったでは済まされない、最悪の想像に思わず膝から崩れ落ちそうになった、その時だった。 「おっと」 「……?」 何かが背中にぶつかった、いや、支えられた。 上からは聞き覚えのある声、こいつは……。 「そ……ソウジ!?」 慌てて離れるあたしを、不思議そうな目で見つめるソウジ。 直前まであんな妄想をしていたもんだから目を合わせづらい。 「ようエミリア。呼び鈴鳴らしても返事はないし、鍵が開いてたから勝手に入ったけど……、その様子じゃ不味かったか?」 「そ、そんなことはないわよ、うん」 「そうか? なら良かったけど」 不安気に問いかけてきたソウジにそう答えると、ホッとした様子になった。 「お久しぶりです、ソウジさん」 そこへ何事も無かったかのようにソウジへ近づき、挨拶をするルミア。 あまりの変わり身の早さに思わず関心してしまう。 ……さっきまで頭を抱えてたせいで髪型のセットが崩れてるけど。 「おお、久しぶりだなルミア。教官の仕事はもう慣れたか?」 しかしあいつはそんなことは気にもかけず。 ――大方「ファッション変えたのか?」くらいにしか思ってないんだろうけど。平然と世間話を繰り広げる。 ルミアと談笑しているあいつを見て、再び脳裏にさっきの妄想が過ぎる。 あたしは、それを振り払うように頭を左右に振る。 二人はただ談笑しているだけ、いちいち過敏に反応することなんてない。 そう思って気を取り直そうとした時、不意に視線を感じた。 談笑の間際、あいつに悟られないようにチラリと横目でこちらを見るルミア。 その口の端が、まるであたしを嘲笑うかのように釣り上がったのが見えた。 (な……何よ、その「一歩リードしたわよフフン」的な笑みはー!) 瞬間的に頭に血がのぼる。 が、ここはあたしの部屋だと言うことを思い出し、即座に冷静になる。 ――ここでの流血沙汰は避けたい。 さりげなく深呼吸すると、二人を見据える。 とにかく、ルミアをあいつから引き剥がさなくては。 あくまで、平和的に。 「……ねぇ、ソウジ。何か用事があったんじゃないの?」 「ん? あぁ、そうだった。危うく忘れるところだった」 あたしの一言にハッとした様子のソウジ。 手首の時計を見、「悪いルミア、ちょっと時間が押してるから続きはまた今度話そう」と申し訳なさそうに会話を切り上げる。 表面上普通に応じたルミアだが、直後「ムムム」とこちらを見る、その瞳に「甘いわね」と余裕の笑みを返すあたし。 ぶつかりあう視線と視線。飛び散る火花。時間にしてわずか2秒、限りなく一瞬の出来事だった。 そんなあたし達の水面下での攻防には気付かず。 あいつは懐に付けてるナノトランサーに手を伸ばしながら、あたしの前へやってきた。 「はい、エミリア」 「……?」 差し出されたのは四角い箱。 緑を主体にした包装紙、その右端から左端へ斜めに赤色のリボンが装飾されていた。 「これは?」 両手で箱を受け取り、頭に『?』を浮かべながら訪ねるあたしを前に、あいつは事もなさげに言う。 「あぁ、バレンタインのチョコだよ」 ピシリと固まるあたし。 横ではルミアが「ど、どういうことですか!?」とあいつに詰め寄る。 「あっ、これルミアの分な」 「え? あ、ありがとうございます」 ポンとあたしと同じ……よく見るとリボンの色が青のチョコを渡され、畏まるルミア。 「いやな、最近はバレンタインチョコって男からあげるそうじゃないか。だから、な?」 そう言って照れ臭そうに笑うあいつ。 頭の中は混乱しきっている、チョコをくれたってことは、つまり、その。 「じゃあ、仕事行ってくるから」 踵を返し、部屋から出ようとするあいつを見て、ハッと現実に意識が引き戻される。 動揺してる場合じゃない、ちゃんとお礼を言わないと。 声をかけようと口を開きかけたその時、ルミアが声を張り上げた。 「あ、あの! 私、一生大事にします!」 「あ、あたしも!」 ――何を言ってるんだ、ルミアとあたしは。 つい釣られてルミアの言葉に賛同してしまったが、一生大事にしてどうするんだ。 羞恥心にカーッと顔が赤くなる。だけど振り向いたあいつは困ったような、照れたような、嬉しそうな笑顔でこう言った。 「大事にしてくれるのも嬉しいけど……、出来れば食べて欲しいな。一応、手作りだし」 *** あれからどれだけ時間が経っただろう。 とっくにソウジは立ち去り、部屋にはあたしとルミアしかいない。 ……顔から熱が引く気配は、一向になかった。 隣にいるルミアはチョコの箱を見つめたまま固まっている。 どこか惚けたような顔で、熱っぽい視線を送っている。 あたしも両手で持った箱に視線を送る。 チョコをくれた。 それも、手作りの。 義理かもしれないけど、チョコをくれるってことは、つまり、少なくとも、あたしのことを、憎からず思ってる、ってワケで。 再び顔に熱がこみ上げてくるのを感じながら。 あたしたちはチェルシーがやってくるまで、ずっとずっと固まっていた。 <おわり> 〜あとがき〜 俗に言う逆チョコです。 手作りなのはチェルシーとウルスラに面白半分で「それが常識」と言われたから。 2010/02/19改訂 戻る |