うらら達を家に上げると、それはもう根掘り葉掘り出会いから今に至る顛末を話させられた。 ソファーにるいとルキを座らせ、その前に仁王立ちするうらら。 ルキを家に泊まらせたと話し始めたところから目がつり上がり始め、いっしょのベッドで寝たと話したところで愕然とした表情になった。 「ふ……ふけつですわ!」 「「なにが?」」 「い、息もぴったり……! これが一夜を共にした効果ですの……!?」 よよよ、とリビングのカーペットに崩れ落ちるうらら。 どこか疲れた様子で声を掛けるケイ。 「ドレスにしわがついちゃうよ、うらら……」 「しわがなんだっていうんですの! うぅ……わたくしのるいさまが傷物に……」 るいとソファーに隣り合って座っているルキが、頭上にクエスチョンマークを浮かべる。 「ねえケイ。キズモノってなーに?」 「え? そ、それはね……」 「むきー! なんという白々しい態度ですの!? 女の友情は儚いったらないですわー!」 両手を振り上げてムキーと怒っているうらら。 頬を赤く染めてもごもごしているケイ。 それを見てますますクエスチョンマークを浮かべるルキ。 幼なじみ3人組のそんなやりとりを眺めていたるいは、やおら問いかける。 「ねえうらら」 「……なんですの?」 唇を尖らせてすねた表情、だがるいの言葉にはちゃんと答えてくれるようだ。 「今日会う予定だった幼なじみって、ルキのことだったんだよね?」 「……そうですわ」 「ふーん。じゃあもう空港まで行かなくていいんだね?」 「……そうですわ」 「なるほど。あと、そんなにうちに泊まりたいなら今日でも泊まっていく?」 「そうで……え?」 きょとんとした表情を浮かべるうらら。るいは繰り返す。 「だからうちに泊まっていけば? 僕といっしょに寝たいっていうなら、いくらでも寝てあげるよ?」 目をパチクリさせると、すぐにうららの顔が髪の色に負けないくらい真っ赤に染まった。 「る……るる……」 「る?」 「るいさまったらこのスケコマシ!」 「スケコマシ? よくわかんないけど……とにかくいっしょに寝るの? 寝たくないの?」 「えぇと……そのぉ……」 正座してなぜだかもじもじするうららをるいは眺めていたが、段々まだるっこしくなってきた。 そういえばまだ朝食を食べてないことに気づく。意識すると急にめまいがしてきた。脳に栄養が足りないせいだろう。 しかしうららと会話の最中だ。気付けに深く息を吸って吐いたら、逆にくらっときた。 握りこぶしを作って眉間を押さえつつ、ふたたび問いかける。 「……で、どうするの?」 いつになく投げやりな声になってしまった。 途端、うららが背筋を伸ばして緊張した面持ちになったのはどういうことだろうか。 いやもう考えるのもダルい。 「! ……ねた……です」 「なに? 聞こえない」 「るいさまと……ねたい……です」 「もっと大きい声でいってくれないかな?」 「〜〜〜〜!」 うららはガバっと立ち上がると、真っ赤な顔でヤケクソのように叫ぶ。 「るいさまといっしょに寝たいですわ! わたくしと閨を共にしてくださいまし!」 「閨……? うん、わかったよ。じゃあそういうことで、朝ごはん食べようか」 るいが立ち上がると、対照的にうららはへなへなと座り込んでしまった。 「うららはどうする? 朝ごはん」 「わ、わたくしはご遠慮させていただきますわ……。朝食は食べてきましたし……なによりなんだかもう胸いっぱい……」 「そっか」 「はぁ……るいさまの言葉責め……なにかにめざめてしまいそうですわ……」 そっと頬に手を当て、うららが上気した顔でなにやら呟いてるが、きっとたいしたことではないだろう。 それより、あとのふたりにも朝食がいるか訊いてみる。 「ケイは?」 「ボクも食べてきたから遠慮しておくよ」 「ルキは……聞くまでもないか」 「もちろん食べるよー!」 なぜだか頬を赤くしているケイと、あいも変わらず底抜けに明るいルキ。 それぞれ返事をもらうと、朝食を作るべく台所に向かうのだった。 「ところで、今日うららがお泊りするのなら、ルキもまた……」 「さすがに今日は自重しようかルキ……。機会はいくらでもあるからさ……」 「いくらでも? ……ってことは、やっぱりるいるいがうららの?」 「……うん。まあ見てればわかるよね。帰国していきなりこんなこといわれても困るかもしれないけど……」 「やったー!」 「……余計なお世話だったみたいだね、うん」 *** その後は、4人でテレビゲームを遊んで休日を過ごしたのだった。 「ちょ、だれですの! こんなところに爆弾を設置したのは!」 「それならたぶんルキだよー」 「くう! なんと卑劣な! ゆるしませんわ!」 「あ、ごめん、これ僕が設置したやつだ」 「るいさまの設置した爆弾ならたとえ吹き飛ばされて肉片になっても本望ですわー!」 「グロいようらら……と、後ろからごめんねルキ」 「うわーお! ケイにヘッドショットされちゃったよー! ナイスキル!」 最初はパーティーゲームでもやるつもりだったが、うららが「これをやりたい」というので対戦ゲームをやることになった。 思いのほか血なまぐさいひと時を送ることになったものの、楽しい時間はあっという間に過ぎ去っていくものだ。 「それじゃあルキはうららのホームに帰るよー!」 「ボクも家まで送ってもらうよ。うらら、るい君にご迷惑をかけないようにね」 夕方。ルキとケイの高身長ふたり組は華咲家の執事さんが運転する車に乗って帰っていった。 黒塗りの高級車が曲がり角で消えるまで見送ると、るいは隣のうららに声をかける。 「それじゃあ、お夕飯の食材を買いに行こうか」 「はいですわ!」 夕闇に包まれつつある住宅街。 すぐ近くのスーパーマーケットまで上機嫌なうららを連れ添って歩いていった。 カートを押して夕方の混み合う店内を歩くが、チラチラと視線を感じるのは気のせいではないだろう。 セレブでお嬢様なオーラ全開のうららが目立つのは今さらのことだが、自然と道が開けられていくのにはさしものるいも恐れ入った。 当の本人はそれをまったく気にした様子もなく、おそらく生まれて初めて入った庶民向けスーパーを興味深げに見ている。 「こ……、こんなに売り物がお安くてだいじょうぶなんですの? このお店の経営者はどうやって利益をだしているのかしら……?」 さすが未来の華咲グループ会長というべきか。 ナチュラルに経営者目線であることには感心したが、金銭感覚についてはまだこれからのようだ。 「ところでるいさま、なにか食べられないものはあって?」 「ないよ」 「それはよかったですわ。じゃあニンジンとしいたけと……」 ついでにナチュラルにうららが食材を選んでカゴに入れている。口を挟む間もない。 るいとしては冷凍食品を補充するだけのつもりだったが、うららは料理をするつもりのようだ。 「うららって料理できるの?」 「あら、るいさまったらしつれいですわね!」 「ごめん」 「ふふふ、ゆるしてさしあげますわ。華咲の女にとってはそれくらいたしなみですわ!」 ということらしい。怒ったような言葉とは裏腹にほがらかに応じるうらら。 「さて、こんなところでいいかしら。それではるいさま、レジに向かいましょう!」 「うん」 レジに並ぶ。もしかしてうららのオーラで前を譲ってもらえるかなとおもったが、そこまで都合良くはいかなかった。 「お支払いはわたくしにおまかせ……!」 意気揚々とポシェットから黒いカードを取り出しかけたうららを制止する。 「いや、ここは僕が払うよ。無駄遣いすると怒られるけど、お金が減ってないとそれはそれで母さんに心配されそうだし」 「? 『食費なら俺の女に払わせてやったぜガハハハ!』ではいけませんの?」 「うららのなかで僕はどういうキャラクターなの? とにかくここは僕が払うから。いいね?」 「ですが……」 「ここは夫を立てるとおもって、ね?」 「! わかりましたわ!」 うららにとってはるいの役に立てる絶好の機会だったのだろう。 実際うららにしてみれば、るいが友だちに10円ガムを奢ってやるのと同じ感覚なのはあの宮殿を見たあとならわかる。 しかし庶民派中学生としては1000円から上の貸し借りなどあまりしたいものではない。 あとこんな庶民派スーパーで中学生がカード出しても、レジの人にちゃんと受け取ってもらえるんだろうか? ふいに疑問を解消したい欲求に駆られたが、自制する。つつがなく会計を終えれば食材を袋に詰める作業に移った。 うららはこういう作業をしたことがないから勝手がわからないだろう。ここは自分がやらなければ。 「大きくて固いこれはいちばん下ですわね。つぎに型くずれしそうなものはこの透明な袋に入れて……と」 とおもいきや、るいが手を出す間もなくうららがテキパキと詰めていく。手慣れた様子にびっくりだ。 「こういう店で買い物するの、慣れてる?」 「いえ? 初めてですけれど?」 ということは単純にうららは賢く手際が良いのだろう。るいはますます感心した。 「それではるいさま、わたくしたちの愛の巣へもどりましょう!」 「あ、袋は僕が持つよ」 そして当たり前のようにふたつの袋を両手に持って力強く歩き出すうらら。 るいは袋を受け取ろうとするが、うららは拒否する。 「いえいえ、ここはわたくしにお任せですわ。日課のウェイトトレーニング代わりにちょうどいいですもの」 果たしてウェイトトレーニング代わりになるほどの重量があるのか? いや、そんなことはどうでもいい。 さらに二、三の問答をしたが、うららは態度こそやんわりだが頑なに袋を渡す気配がなかった。 ハッキリ口にこそしないものの、先の支払いの件がうららの中で尾を引いているようだ。せめてその代わりのつもりらしい。 こうなったらしかたないとるいはあきらめる。すっかり暗くなった住宅街をふたり並んで歩いていく。 「毎日トレーニングしてるんだ?」 「ええ。朝と夜、それぞれ毎日1時間ほど!」 「努力家なんだね」 「ふふふ、こういった日々の積み重ねが美しさを形づくるのですわ!」 「なるほど、だからうららはカワイイんだね」 「!? ほ、ほほほほ! お褒めにあずかり恐悦至極ですわ! でも出来れば美しいといっていただけたほうが……いえ、なんでもありませんわ!」 途中の部分が聞き取れなかったが、両手をぶんぶん振って全身で喜びをアピールするうらら。 両手に持っている袋の中身は気にしないことにする。 *** 「ごちそうさま」 「おそまつさま、ですわ」 手洗いうがいを済ませるなり、うららは勝手知ったる我が家のごとく畑野家の台所で料理をはじめた。 ダイニングテーブルに並ぶ料理の数々。箸を伸ばせばこれがまた止まらない。 あっという間にすべて平らげると、空になった皿の前でるいは手を合わせるのだった。 「うららの料理、すごくおいしかったよ」 「るいさまのお口にあったようで安心しましたわ!」 るいの言葉に喜ぶうらら。ちなみにこちらはとっくに食べ終わっている。さすがの早食いである。 お茶をすすって心地よい満腹感に浸っていると、ふとあることに思いついた。 「……女の子に手料理をふる舞ってもらったの、そういえば生まれて初めてだな」 「!? そうなんですの! わたくしが初めてなんですのね!」 なぜか興奮したようすで身を乗り出すうららだが、るいはすぐに訂正する。 「……いや、ちがった。昨日ルキに手料理を食べさせてもらったばかりだった。あのサンドイッチが生まれて初めての女の子の手料理かな」 「な、なな……!」 愕然とするうらら。へなへなと椅子に座り込むと、心底くやしそうにうめく。 「るいさまの初めてを奪わてしまいましたわ……!」 奪われたとはまた大げさな表現である。というかさっきから彼女は何を興奮しているのか。 聞こうか迷ったが、それよりもいまは満腹感を味わっていたい気持ちが勝った。 「……ふう、いつまでも悔しがってもいられませんわね。食器を洗ってしまいますわ!」 「ん。じゃあその間に、僕はお風呂の用意をしてこようかな」 「そんな、るいさまのお手をわずらわせるなんて!」 「夫婦なら妻の手が届かないところを分業するのは当然じゃないかな?」 「なるほど! それではよろしくおねがいしますわ!」 ちょろい。 我ながら"夫婦"という方便を活用し過ぎな気もするが、使い勝手がよすぎるのだからしょうがない。 *** お風呂の用意を終えて台所に行けば、エプロンで手を拭いてるうららの姿があった。 ちょうど食器洗いを済ませたところのようだ。 「あらるいさま。そちらも終わりましたの?」 「うん。もういつでも入れるけど……、そういえば着替えはどうするの?」 「ご安心くだいまし! さきほど家の者がもってきたのを玄関でうけとりましたわ!」 「そっか」 るいは来客にさっぱり気がつかなかったが、おそらくは湯船をシャワーで洗い流してるときにでも来たのだろう。 そう納得していると、うららがなにやらもじもじしている。 「と、ところでるいさま! いっしょにお風呂に入り……」 「お風呂なら先入っていいよ。一番風呂をどうぞ」 うららの返事が来るより先に、リビングのソファーに腰掛けて身を乗り出すようにテレビの画面を見る。 テレビの内容にまったく興味はないが、その態度からるいにゆずる気がないという気持ちは十分伝わったのだろう。 トボトボと気配が去っていくのを背中で感じながら、やおら首をかしげる。 ルキといい、彼女らは何故いっしょに風呂に入りたがるんだ? るいには不思議でならなかった。 *** うららがふたたびリビングに戻ってきたのは、それから1時間後だった。 もこもこしたピンクの寝間着に、いつものツインテールはほどかれてストレートヘアになっている。 「いい湯でしたわー!」 「つぎは僕だね。……あ、背中を流しに来なくていいからね」 「な……! なぜわたくしのやろうと考えていたことがバレてますの!? は、これが以心伝心!」 入浴を済ませてリビングに戻れば、パジャマのうららがソファーから身を乗り出してテレビを見ていた。 隣に腰掛けると、瞳を輝かせているうららに問いかける。 「これ、そんなにおもしろいの?」 「脚本はあまり好みじゃありませんけど、演出は見どころがありますわ! なかなかどうしてテレビドラマもバカになりませんわね!」 るいにはよくある国産のサスペンスドラマにしか見えなかったが、うららにはなにかちがう物が見えているらしい。 そういえばすっかり忘れていたが、彼女はミーチャンの人気アイドルだった。 番組の構成から何から何までセルフプロデュースするものだそうで、所謂クリエイター目線というやつだろう。 「るいさま、犯人がだれだか当てっこしません?」 「いいよ」 もっともるいにはすぐ分かった。明らかに格の違う役者が混ざり込んでいるのだから賭けにもならない。うららもどうやらわかっているらしく、いたずらな笑みを浮かべている。 「こういうのはやはり賞罰があったほうが盛り上がりますわよね。なにかいいアイデアはございませんか? なんでもかまいませんわ」 罰。あの日のことを思い出す。気がつけばるいの唇は動いていた。 「なんでもいいの?」 「ええ、なんでもかまいませんわ!」 ニコニコと笑顔を浮かべているうらら。るいなら決して無茶振りをしないと心の底から信じているのだろう。 「じゃあ――、うららが外したらキスしてもらおうかな」 「ええ、かまいませ……え?」 るいの言葉に、笑顔を浮かべたまま固まるうらら。言葉の意味が飲み込めていないという様子だった。 「え、えっと……」 「僕が外したらうららの好きなようにしてくれていいよ。それで――、うららはどの役者が犯人だと思うの?」 顔をぐいっと近づけて視線を合わせる。うららは頬を赤く染めて不安げに瞳を泳がせはじめた。 距離が近づいたことでお互いの匂いが混ざり合う。 自分でもよくわからない衝動が腹の底からこみ上げてくる。制御できないなにかに突き動かされていく。 右手でそっと、手触りの良い赤い髪の毛をかきわけて、耳元に唇を寄せる。 「……っ!」 なにかを堪えるように肩を震わせるうらら。るいはささやくように問いかけた。 「早く僕におしえてよ、うらら」 「はんにん……は……」 「犯人は?」 「……!」 瞬間、うららはガバっと立ち上がる。 「や、やややややっぱり! こんな他愛のないお遊びに賞罰だなんてよろしくありませんわね! さっきの提案はたわむれだとおもってどうぞ忘れてくださいな!」 そうして「おーっほっほっほ!」とごまかすように豪快なお嬢様笑いをするうらら。 るいもまた、何事もなかったように「わかったよ」と応じたのだった。 もどる |