「「メリータナバタ!」」

 掛け声と共に、エミリアとチェルシーさんが壇上にてクラッカーを鳴らす。
 それぞれが頭に被った、厚紙で作られた三角形の帽子がどことなくお祭りムードを高めている気がする。

 会場である展望広場に集まった人々は、各々が片手に持ったグラスを掲げノリ良くその言葉を復唱する。
 二人から一歩引いたところに立っているミュラー夫妻もまた、楽しげな表情でグラスを掲げている。
 そんな様子を、俺は広場の隅から微笑ましい気持で見つめていた。




 タナバタの夜に




 ――本日は、リトルウイングが主催する「タナバタパーティー」の日だった。

 ニューデイズの民間風習の一つに、「タナバタ」と呼ばれるものがある。
 8月の中頃、「オリヒメ」と「ヒコボシ」に願い事を祈りつつ、月を見ながら餅を食べると言う行事だそうだ。
 これを「みんなでやりましょう」と楽しみにしていたウルスラさんを見て、「どうせなら派手にやろう」とクラウチさんがパーティーを発案。
 早速リトルウイングに所属する傭兵達の中から参加者を募ったところ、精々半分も参加すればいいと思っていたのが、何とほぼ全員これに応じた。
 ついでに外部で親しい人らを軽い気持ちで誘ってみれば、あっという間に話は広がり、こちらでも数多の参加希望者が現れた。
 あれよあれよと膨れ上がった参加者たちは当初予定していた会場では賄い切れず、クラッド6の展望広場を貸し切ることとなり今へ至る。

 開会の言葉が終わると、参加者たちは思い思いにパーティーを楽しんでいた。
 テーブルに盛り付けられた食事に舌鼓を打ち、友と語らい、酒を飲み交わす人々。
 誰もがその顔に笑みを浮かべ、和気藹々とした雰囲気が会場には漂っている。
 俺はそんな会場を歩き、一人微笑ましい気持ちになっていた。

 一応はパーティーを企画した側の人間として……と言っても、やったことは主に買出しや会場の飾り付けと言った雑用だけど。
 その成果が気になるのは当然で、それが人々の笑顔で彩られたものであることに、俺は心の底から満足していた。
 特にニューマンの女性が、天井にかけられた折り紙で作った笹綴りを指さして「あれかわいー」と言った時なんかは思わず感動したものだ。
 展望広場の高い高い天井を、これまた高い高い梯子を使い、「落ちたら死ぬぞこれ……」と半ば死を覚悟しつつ。
 たわむ梯子を登ったり下りたり移動させたりを繰り返し、凡そ2時間以上かけて飾り付けをしたことは決して無駄ではなかった。なかったのだ。

 ――ちなみに、丁度飾り付けが終わった頃に高所作業用の車がやってきました。
 業者が遅刻したのに加え、チェルシーさんが事前に来ることを俺に伝え忘れていたそうです。

(へへへ、本当、俺の覚悟って何だったんだろうな)

 過去を思い出し、鼻の奥がツーンとしてきたのを何とか堪えると、俺はサッと思考を切り替える。

(さて、一通り見て回ったことだし、エミリア達と合流でもするかな)

 一頻り会場内は見て回ったし、評判も上々だと言うことも確認した。
 満足感に浸りつつエミリア達の元へ向かおうとした時、ふと、視界の端に見慣れた人物の姿が入った。

「?」

 白と青を基調としたガーディアンズ指定制服を着たルミアが、会場の隅で、飾り付けられた笹へ手を伸ばし何やらやっている。
 俺はそんなルミアの背後にゆっくり近づくと、声をかけた。

「やあルミア。何をやってるんだ?」

 するとルミアはビクリと背を震わせ、恐る恐るこちらへと振り向く。
 まるでいたずらが見つかった子供のようなその反応に、俺は怪訝な表情を浮かべる。。
 次いで肩越しに見えた、その両手に持っている物を見て、俺はますます怪訝な表情を浮かべる。

「短冊?」
「はい、どうしてもギリギリまで書けなくて……。提出するのに間に合わなかったから、自分でつけてたんです」

 頬を赤く染め、恥ずかしそうにそう言うルミア。

 タナバタパーティーでは、事前に参加者から願い事の書かれた短冊を提出して貰っていた。
 当初の予定では、直接会場で一人一人に笹へ短冊を下げさせる予定だった。
 しかし予想以上に参加者が増えたことと、思ったより笹が用意出来なかったことを受け。
 一つの笹に沢山の人が殺到し、混雑と無用なトラブルを生み出す可能性を苦慮した結果、運営側で事前に短冊を下げることになったのだ。
 当然ながら提出に関しては完全任意だったのだが、これまた殆どの参加者が提出していたりする。
 どうも俺が思っていた以上に世の中はノリのいい人が多いらしい。

 ……しかし間に合わなかったからと言って自分でつけるなんてな。
 よっぽど叶えたい願い事だったのか、或いはルミアの性格から考えると、義務感に駆られてのことかもしれない。
 いずれにせよ可愛いことじゃないかと、俺は頬を緩める。

「なんだ、俺に言ってくれれば下げておいたのに」
「いえ、これは私のミスですから……。それに、こうやって自分で下げるのも風流じゃないですか?」
「確かにな」

 上目遣いで伺うように言うルミアに、俺は苦笑と共に答える。
 厳密に言えば、ルミアのやってることはルール違反に当たるだろう。
 とは言え、取り立てて騒ぎ立てるようなことではないし、こんなことでいちいち騒ぎ立てればそれこそ顰蹙者だ。

 そんな俺の考えが伝わったのか、ルミアはホッとした様子で作業を再開する。
 何となくその作業を後ろから見つめていると、不意にルミアが口を開いた。

「ソウジさん」
「ん?」
「ソウジさんは、タナバタ祭りの趣旨って、知ってますか?」
「ああ、知ってるよ」

 ウルスラさんが酒の席で滔々と話して聞かせたものだ。
 何度も何度も聞かされ内心耳にタコが出来つつも、あまりにも楽しげに話すから「もう聞きましたよ」とはついぞ言えなかった。

「確か……」

 その昔、天の川のほとりに「オリヒメ」と言う、それはそれは美しい娘がいた。
 彼女はとても働き者で、年頃だと言うのに浮いた話の一つ無く、黙々と機織りをしていた。
 父である天帝はそんな娘を不憫に思い、ある日天の川の西に暮らす「ヒコボシ」と言う男を連れてきた。
 彼は牛飼いの男で「オリヒメ」と同様にとてもマジメな働き者であった。
 二人は天帝に勧められるまま結婚……所謂お見合い結婚をしたわけだ。

 馴れ初めこそお見合いであったものの、互いに惹かれるものが確かにあったのだろう。
 二人は新婚生活を楽しむあまり、仕事を放り出してしまった。
 初め、天帝は何も言わずに見ていた。マジメな二人のことだから、直にまた働き出すだろうと思ったのだ。
 しかし、さすがにこれが何週間、何ヶ月と続くとさすがに黙ってはいられなかった。

 そして二人は天帝の命によって離れ離れにされることとなる。
 身から出た錆、二人に反論する術はなかった。

 ただ、天帝はその際に一つの条件を出した。
 「これまでのようにマジメに働けば、年に1度だけ会うことを許す」。
 せめてもの親心か、或いは働かせる為の餌か、なんにせよ二人はよく働いた。
 二人が出会える、たった年に一度の日の為に。
 そしてそれが今日、この日である。

 幸福に包まれた二人は、そのお裾分けとばかりに下界で暮らす人々の願い事も叶える。
 下界の人々は彼ら二人の逢瀬を祝い、そして二人に祈願する。
 ……それがタナバタ祭りの趣旨である。

「って、ところだろう?」

 ちなみに元は豊作祈願の為の催しだったらしい。
 時代に合わせ、お祭りとしての側面が強調されていったようだ。

「はい。年に一度の逢瀬だなんて、ロマンチックな話ですよね」
「ん……、そうだな」

 つい、煮え切らない返答をしてしまう。
 昔からどうも、"ロマンチック"だとかそう言った感覚が分からないのだ。
 ルミアはこう言った反応に敏い上に、やたらと気を使ってしまう為、それに気づかれる前にこちらから話を振る。

「けど、二人とも大したもんだよな。
 この祭りがいつから始まったのかは知らないけど、軽く数千年はこんな生活を続けてるんだろう?
 俺なら多分、我慢できなくなって天帝に喧嘩売ってるかもしれない」

 冗談めかして、俺は言う。
 特に深い考えもなく、繋ぎのつもりだった。







「――私は、二人の気持ちが分かります」

 けれどルミアから返ってきたのは、先程よりもトーンが落ちた声だった。
 その反応に、振る話題を間違えたかと焦った俺を尻目に、ルミアは続ける。

「年に1回しか会えなくても、会えるのなら……いいえ」

 周りの喧騒が、気のせいか遠くなっていく。
 たくさん人がいるハズなのに、何故だかここにはルミア一人しかいないように見えて。

「ただそこにいてくれるだけで……、それだけで、どんなことだって頑張れます」

 困惑する俺をよそに、ルミアは続ける。

「ソウジさんは……、もう、どこにもいったりしませんよね?」

 ――声が、震えていた。

 その背中はまるで迷子の子供のようで。
 触ると壊れてしまいそうな、そんな危うさがあった。

 ――声をかけなければと、思った。

 彼女は今、孤独の中にいる。
 家族が帰ってきて、友が出来て、それでも尚、孤独を恐れ、囚われている。
 そして彼女にそんな思いを背負わせてしまったのは、間違いなく、いきなり消えた自分にも責任がある。

 だから、声をかけなければと思った。
 彼女の背負った孤独を、少しでも払ってやりたかった。

 だけど、何てかければいい?
 「大丈夫」「いなくならない」、そう言うのは簡単だろう。
 しかし、それをどうやって証明することが出来る?
 傭兵でいて、明日知れぬ身である自分が、責任感だけで口にしていい言葉ではないハズだ。

 ――かける言葉も見つからないまま。
 だけど、弱々しい背中を見せるルミアを放っておけなくて。
 頭の中で、冷静な自分が「それは偽善だ」と糾弾する声を聞きながら、それに耳を塞いで、口を開こうとして――

「ルミ……」
「あっ! いた! ……って二人とも、何してんの?」

 ――後ろから、俺の言葉にかぶさるように聞こえてきた声に、咄嗟に振り向く。
 振り向いた先にはエミリアが立っていた。頭には先の帽子を被ったまま、両手を腰にあてている。
 心なしか頬を膨らませながら、どこか非難めいた視線を向けている。
 ……俺がなかなか行かないから、気分を害してしまったのだろうか?

「早くしないと食べ物無くなっちゃうわよ?」
「あー、分かってる。あとで……」

 「あとですぐ行くよ」そう言おうとした、その時だった。

「――もう、相変わらずデリカシーが無いんだから」
「ルミア?」

 聞こえてきた声に、俺は再び視線を戻せば、そこにはいつも通りのルミアがいた。
 まじめそうな、勝気そうな、そんないつもの様子で歩き出すと、俺を抜き去り、エミリアと向かい合う。

「む、何よ、デリカシーが無いって?」
「パーティー会場で、二人の男女が人気のない隅にいる……、となれば、することは一つでしょう?」

 どこか艶っぽく、そして挑発的にそう言うルミア。
 エミリアは呆けた顔をしたと思うと、次の瞬間には頬を赤く染め上げた。

「ちょ、ちょっと! 本当に何やってんのよあんた!?」
「正確にはこれからやるつもりだったのに……。もう、本当にデリカシーの欠片も無いんだから」

 ハァ、とわざとらしくため息をつきながら、両手をあげて呆れたジェスチャーをするルミア。

「くぅ……! って! どうせあんたからソウジに迫ったんでしょ! こんなに人がたくさんいるところで何やってんのよ!」
「チャンスって言うのはね、自分で掴むものなのよ。場所なんて関係ないんだから」

 「ふふん」と余裕の反応をするルミアを前に、エミリアはますますヒートアップしていく。
 会話の意味はよく分からないが、そんないつも通りの二人を見て、俺は苦笑する。

 一方で、先の会話が途切れたことに安堵している自分に気づいて、自己嫌悪に陥る。

 思わず毒づきたくなったが、周囲から強い視線を感じた。
 見回してみれば、その場にいる殆ど全員が目の前でヒートアップしている二人を……いや、俺達を見つめている。
 その視線に、好奇心に混ざってどこか下世話なものを感じるのは気のせいであって欲しい。

 と言うか壇上のチェルシーさん、面白そうな顔して見てないでこっち来てくださいよ。
 同じく壇上のクラウチさんはニヤニヤしながら、険しい顔をしたオルソンさんとやりあってる。めでたい場で何をやってるんだあの人達は?
 左向こうのテーブル前にいるイーサンは何故か目頭を押さえ、カレンさんがその横で背中を撫ぜ……おい何イチャついてんだ他所でやれ。
 ウルスラさんはクラウチさん達の傍で「まあまあ」と宥めてるし、トニオ夫妻や同僚達もニヤニヤとこちらを見ているだけだ。

 援軍は望むべくもなし。
 気取られぬように小さくため息をつくと、二人の元へと歩き出した。

「ほら二人とも、せっかくのパーティーなんだから楽しもうじゃないか」

 ――こうしてタナバタの夜は更けていく。

 胸に小さなシコリを残したまま。






 〜あとがき〜

 続きます。

 


2011/05/08改訂
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