第八幕


 ――深夜、世界は暗闇と、静寂に包まれていた。
 町からは灯が消え、人々は眠り、日が昇るまでその身を休める。
 
 『草木も眠る丑三つ時』、万物は等しく眠りにつくであろうこの時間
 しかし町の治安を預かっているアレクサンドリア軍、及び軍警察において、その言葉は何ら意味が無かった。

 街から離れること数十キロ、アレクサンドリア軍警察所属、国境警備隊基地には煌々と明かりが灯っている。
 その基地に併設された、遠くまで監視出来るよう塔型に作られた建物の最上階に3人の監視員がいた。

 内2人は室内に備え付けられた椅子にテーブルを挟み向かい合わせに座り、何やらトランプ遊びに興じ
 残った1人はベランダに出て、熱心に双眼鏡で監視をしている。

「おい、カラム」

 トランプをしている2人の内、片方が、熱心に監視をしている男、カラムに声をかける。

「んー? なんだ? クリフ?」 

「お前もトランプ混ざれよ」

「んー…、あぁ、もう少し見てからな」

 しかし気の無い返事、クリフはため息を付くと、呟く

「相変わらず真面目な奴だ…」

 その呟きに、クリフのテーブル向かいに座る男、ダグは言葉を返す。

「どうせ異常なんてあるワケねぇってのになぁ」

「まっ、気持ちは分かるよ、ほんの2日前にあんなことがあった後だし」

「あんなこと…? あぁ、王女様の誕生際にあった騒ぎか
 確か女王の命を狙った不届き者が爆弾を誤爆させたって聞いたが…」

 そう言いながらクリフの手札からカードを抜き取るダグ

「俺はあの日は王宮の方にいたんだけどな
 いきなり爆発音が聞こえたと思ったら建物が大揺れ、直後に衝撃波で窓ガラスはあらかた破損
 おまけに何が起きたんだと民衆は大騒ぎしだすし、俺らもワケが分からずテンヤワンヤの大騒ぎさ」

「はぁ…、そんな大変なことになってたのか」

 どこか気のない返事をしつつ、手札に入れたカードを見て「ギョッ」とした表情をするダグ、クリフは言葉を続ける。

「後少しでも女王様の指示が遅れたら大惨事になってただろうよ、それだけ酷い混乱状態だった。
 っで、その元凶たる犯人が目下逃走中なんだ、城下町の軍警察には戒厳令が敷かれてるって言うし
 俺らの部隊だって昨日から取り締まりの強化が指示されただろ? …部隊長殿のありがたい説教付きで」

 ダグは手札をシャッフルし、再び扇状に開くと、言う。

「『犯人の進入をここで止められた可能性だって十分にあった、今度の事件の責任の一端は貴様らにもある』
 …無茶苦茶なこと言ってくれるもんだよなぁ、あのおっさん。」 

 その言葉への返答をしつつ、ダグの手札からカードを抜こうとするクリフ
 悪魔の絵柄が描かれたそれに手を伸ばしたのを見て、ダグの顔がニヤける。

「本当に無茶な話だよ、そもそもだ、ただでさえ軍縮の煽りを受けて軍にしろ軍警察にしろ人が減ってる上に
 更には誕生祭の為に王宮の方に人が取られてる中で
 観光目的で人の出入りが激しくなってるのを普段より削られた人員じゃどうしたって限界は来る。」

 しかしクリフはその隣のカードを抜き取った。

「俺もあの日は城下町の治安維持に駆り出されてたんだけどな
 入国ゲートの混雑っぷりと言ったら凄いもんだったぞ、それを10人ちょっとの人員で捌けったってなぁ…
 見てて本当にご苦労さんてなもんだったよ、お偉方だってそんなことくらい知ってるだろうに」

 悔しそうな顔をしつつ、手札をシャッフルしながらそう言うダグ。

「それだけ上も焦ってるってことなんだろうさ、しょうがないとも思う
 …とは言ってもだ、その犯人が出国するには城下町の部隊の監視網を抜けなくちゃいけない
 こんな深夜にワケなく外歩いてるような奴がいれば間違いなく声かけるだろうし
 そもそもこの時間帯、俺らの背後に控えた入国ゲートの大きな門は固く閉じられてるから出国はほぼ不可能。
 そうなった以上、俺らの仕事は不審人物の摘発及び、攻撃能力を持った敵性組織の監視…
 前者は下の階の連中だけでどうにかなるし、後者はこの国を取り巻く情勢を考えればまずありえないんだ」

 クリフはそう言うと、声を張り上げ、依然監視を続けるカラムに言う。

「ほどほどのところで切り上げとけよ、カラム」

「おーう」

 またも気の無い返事、クリフはその様子に、やれやれと言った様子で再びトランプに興じる。

 双眼鏡を熱心に覗くカラム、その視線の先に広がる大地には、ただただ静寂が漂っていた。


I miss you.8


 違和感に初めて気づいたのは、ブルメシアの領海内に近づいてからのことだった。

「…霧?」

 霧が、視界を遮るような濃霧が、ブルメシアの領海を覆っていた。

「…どうやら、本格的に生産を始めているようだね。」

 クジャが、誰にともなく呟く。

 かつてこの大陸を覆っていた霧、それはテラの民の魂を精製する際に生まれたものだと言う。
 つまり…

「急ごう、思ったよりも事態は芳しくないようだ。」

「…あぁ」

 クジャの言葉に、ジタンは頷く。

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 真っ暗な部屋の中、一人の大柄な男が椅子に座っていた。

「…来たか」

 ポツリと呟くその男、おもむろに視線を投げかけると、その先には長身の男が立っている。

「…」

 その目配せから何かを悟ったのか、男は椅子に座った男に、大剣を背負った背を向け、歩き出す。
 だが少し歩いたと思うと、ふと男の足は止まり、顔だけ後ろを向き、口を開く。

「閣下」

「…何かね」

「アレイの行方を…、ご存じないでしょうか?」

「…奴のことならば、私より貴様の方がよほど詳しかろう?」

 逡巡、大剣を背負った男はふいに視線を前方に戻し、呟くように言う。

「…つかぬ事を聞き、申し訳ありません。」

 閣下と呼ばれた男との応対の後、背中に大剣を背負った男は、再び歩き出す。

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 迂回すること数十分、ようやくブルメシア領土内へと入りこむ。
 付近の森に着陸すると、チョコボの手綱を手近な木の枝に縛り付けた。

「しばらくの間、ここで待っててくれよ」

 そう言いながらチョコボのクチバシを撫でるクジャ
 俺は武器やアイテムの最終確認をすると、軽く準備運動を始めながら言う。

「道具の確認はしなくていいのか? クジャ?」

「あぁ、本来僕にはあまり必要ないからね、本当に必要最低限の物しか持って来てないから、確認するまでも無いんだよ。」

 そう言って腰に巻いたカバンの中身を見せるクジャ
 …確かに少ない、それも全部エーテルだ。

「なるほどな、理由は分かったけど…、少しは回復アイテムも持った方がいいんじゃないか? いくつか渡そうか?」

「いや、いいよ、僕は白魔法も幾つか使えるし…、そもそも魔力が切れる可能性だって低い。
 だから体を回復するのなら、アイテム使うよりも魔法を使ったほうがよっぽど手早く済むんだ。」

 クジャは朗らかにそう言うと、今度は表情を固め、「それに…」と続ける。

 「回復手段がアイテムしか無い君からそれを貰うワケにもいかないよ
 僕が近くにいれば回復させてあげることも出来るけど、仮に分断されたらそれこそ回復アイテムに頼るしかないんだ、それは君が持っている方がいい。」

「そうか…、そうだな。」

 確かにこれから何があるか分からないし、お互いをフォローし合えるどうかすら怪しい。
 最低限自分のことは自分でどうにかしなくちゃいけない、俺達が戦いを挑む相手は、決して甘い相手ではないのだから。

 俺は両頬を両手で叩き、どうにも緩みかけていた気をもう一度引き締めると、クジャに声をかける。

「よし、それじゃあ行くか」

 無言で頷くクジャ、俺達はそのままブルメシアへ向け歩みはじめる…

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”…おかしい”

 毒素を含む濃霧を半ば決死の覚悟で潜りぬけ
 ブルメシア城下町へ踏み込むと同時に、まずジタンの頭に過ぎったのはその言葉だった。

 時間にして今はまだ深夜のハズだ、なのにブルメシア内と言えば、信じられないほどに明るい
 クジャ曰く、ブルメシア突入時、まるで魔力によって作られた膜のような物に入る感覚を覚えたらしい。
 そこから推測するに、恐らく大規模な結界のような物を張り、それが光源となっているのでは無いかと言うことだ。

 仮にそれが事実だとすればブルメシア一帯を包み込むほどの強力な魔術を有していることになるし
 例え外れていたとしても、早速テラの民の得たいの知れない強大な力を見せ付けられたことには変わりなく
 ジタンとしては出鼻を挫かれた気分だったが、それでも天気が晴れていると言うのは、彼にとって素直にありがたいと言える事態でもあった。

(あんまり雨は好きじゃないんだよな…、戦いづらいってのもあるけど、何より辛気臭くて)

 元々ブルメシアは雨の都と言われるほどに雨が多かった、故に気候はジメジメとし、天気は薄暗いのが常だった。
 そんな土地柄の関係もあり、町並みは暗く、それに引き摺られるように、あまり人々に活気のある国では無かった。
 更に言えば、先の戦乱の傷跡はより人心を疲弊させ、一時期は国体の維持すら危ぶまれたことさえあった。
 …だが、それでも人々は皆言葉にせずとも自国に、郷土に誇りを持っていたし、故に逆境においても逞しく生きていた。

 そして昨今に至っては、王族の努力により、徐々にだが経済も上向きだし、いよいよ町の復興にまで手が回るかと言う時に…

(あいつらの手によって、みんなの努力の末、ようやく出てきた芽が刈り取られかけてる…)

 アレクサンドリアにおいて中央に近い位置にいるジタンにとっては、ブルメシアの復興そのものはあまり手放しには喜べない
 国力が強くなると言うことは、=将来アレクサンドリアと言う国にとってどんな形で脅威になり得るか分からないからだ。

 無論、国と国との関係と言うのは、とどのつまりその時々の利害関係によってどうとでも変わるという事実はある。
 しかし過去再三に渡る戦争の歴史と、先の戦乱によって、ブルメシアの民における対アレクサンドリア感情は決して芳しくないと言うのもまた事実。

 だが、それでもブルメシアには友人がいるし、国民総出で這い上がろうと足掻いている過程をずっと見てきたジタン個人としては
 それをいきなり現れて、一方的に全てをご破算にしようとしているテラの存在は、見ていて気持ちのいいものではないのは確かだった。

(本当に連中は何から何までロクなことをやらない…)

 ジタンが思わず奥歯を噛み締め、歯がゆい思いに浸る中、とあることに気づく。

(そう言えばパックは無事なんだろうか? この前来た時も姿を見かけなかったな…)

 そんなことを考えていると、ふと、先を行くクジャの足が止まった。

「…クジャ?」

「…どうやら、歓迎隊が来たみたいだよ。」

 その言葉でジタンは周囲の気配の変化に気づく
 にーしーろーやー…、と数えるが、これはどうも両手じゃ数え切れそうに無い。

「あぁ…、これはまた手厚いな。」

 いつでも魔法を放てるよう、全身に魔力を漲らせるクジャ
 ジタンは腰に差してある短刀を抜くと、構える。

 建物の陰から姿を現す敵、それを見て思わず舌打ちをしそうになるジタン

「分かっちゃいたけど…、こうして実際に相手すると、また最高に気分が悪いな」

「あぁ…、同意するよ」

 そしてはじまる戦闘。

 視界に映るのは、生気の無い表情をしたブルメシアの民達
 皆一様に虚ろな目をしながら、各々の手に握られた、武器と思しき道具で襲い掛かってくる。

 時には出刃包丁を持っている者もいるが、それはまだいい方で、殆どは物干し竿やら如雨露やら
 およそ武器として作られていないような物を、これまた理性も、技術の欠片も無く、一心不乱に振り回してくる。

 常に全力かつ我武者羅、時折味方に攻撃を当ててる者までいる始末、だが、それ故に
 相手にあまり手傷を負わせるような真似をしたくないジタン達にとっては非常に厄介な事態だった。

「…クソッ! 何てやり辛いんだ!」

 思わず毒づくジタン、直後民衆の一人が全力で振り下ろしたスコップを回避する。
 無傷はさすがに無理、それでも最悪の事態は避けたい、その為にはやはり何とかして意識を落とすのがベターだろう。

 だが、その為にはあまりに相手の数が多く、攻撃が激しすぎた。

(一人一人悠長に当身なんか当ててる余裕は無い、どうする、どうする?)

 悩むジタン、そこに背中からクジャの声が響く。

「ジタン! 下がるんだ!」

「…ッ!」

 咄嗟に人々から間合いを取るジタン。
 しかし周囲を囲まれている以上、本当にある程度しか取れなかったが…

 クジャにとってはそれだけで十分だった。

「いけ!」

 瞬間、翔ける雷撃、周囲にいる数十名に及ぶ民衆は、それを浴びると同時に気絶する。
 気絶した人々を一瞥すると、ふと、心配そうにクジャに問いかけるジタン。

「…手加減、したよな?」

「当然さ」

 自信満々に答えるクジャ
 もう一度人々を一瞥するジタン、黒焦げな人々が転がっている。

「…本当に?」

 もう一度聞きなおすジタン。

「…少なくとも、死んではいないハズさ」

 さすがのクジャも少し不安になったらしい。
 とは言え、ここで足を止める猶予は彼らには無く、そのまま先へ向かって駆けるしかなかった。

 …実際のところを言えば、クジャの放ったサンダーの威力調節にミスは無かった。
 つまり彼らの心配は杞憂に過ぎないのであった。

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 男は待つ、腕を組み、仁王立ち、ただ、ひたすら待つ。

「…」

 ふいに男が何か呟いた、しかしその声は誰に聞かれることなく、風に消える。
 再び黙す男、その表情から胸中は伺えない、瞳を閉じ、ただ一心にその時を待つ。

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 あれからどれだけ駆けただろう、次々に立ちふさがってくる民衆を気絶させながら続く前進
 初めは勝手が分からず苦労したが、戦いを重ねるうち、戦闘におけるパターンを確立し、ここまでどうにか無傷でこれた。

 …だが、重ねるごとに楽になっていく戦闘とは裏腹に、徐々に違和感が大きくなっていく。

 ふとクジャの顔も見てみれば、普段のポーカーフェイスは消え、あいつはあいつで何か釈然としない面持ちだ。
 そう、何か、何か違和感があるんだ、漠然とした、違和感が。

 そんな思いを抱えつつ、長い長い住宅街を抜け、ようやく町の中央に位置する広場に差し掛かった頃…

 そこに、奴はいた。

「久しぶり…、とでも言うべきか? ジタン・トライバル」

 肩まで伸びた茶髪、白いロングコートを羽織り、身長ほどもある大剣を背負った、尻尾の生えた長身の男。

「お前は…ッ!」

 頭の中で先の戦闘の記憶がフラッシュバックする。

「…確か、貴様にまだ名乗っていなかったな。」

 コートを翻すと同時に抜いた大剣を地に刺し、言葉を続ける。

「私の名前はロイ、テラが騎士団、団長、ロイ・ブロウズ。」

 地面から大剣を抜くと、俺に突きつけ、奴は、ロイは宣誓する。

「友の受けた屈辱、今ここで…、返させてもらうぞ!」

 同時に奴の足元から吹き上がる風、それ見て、「ハンッ」と、思わず鼻で笑う。

「悪いな…、今はお前の相手をする時間すら惜しいんだ。」

 既に両手に持っている短刀を構えなおす。

「力ずくで押し入らせてもらうぞ、ロイ!」

 俺とロイとの間に流れる一触即発の空気

「…僕のことを忘れって貰ったら困るね」

 そこに響く声、ロイは視界をその声の先へ向け、口を開く。

「…クジャか」

「さっきジタンが言ったように僕らには時間が無いんだ
 二人がかりなんて僕の趣味じゃないけど、一気にいかせてもらうよ?」

「…ふん、どちらにしろ貴様も斬るつもりだった。
 一遍に来ると言うのならむしろ好都合、さぁ、来い!」

 クジャの体から溢れる魔力、俺が地を蹴ろうとした、その時

『いいや、クジャ、君の相手は僕だ』

「「「!?」」」

 どこからともなく聞こえてくる声、この声は…

「アレイ!」

 叫ぶロイ

「どういうことだ! 今どこにいるんだ!?」

 ワケの分からないことを叫ぶロイ、…何だ?
 等と考えられたのも束の間、直後クジャの体の周りが緑色の光に包まれる。

「なっ…、これは…?!」

「クジャ!」

 咄嗟に手を伸ばすが、その手は届くことなく、クジャの体がまるで泡のように消えていく。

『ふふふ…、特設ステージにご招待ってね…、ふふふ…、ははは…、はははは…』

 そしてアレイの言葉がエコーを伴いながら響き、消える。
 意味が分からない、何が起きたって言うんだ?

 頭の中を駆け巡る疑問、しかしその疑問も、直後ロイから発せられた大声によって遮られる。

「アレイ! アレイ! くそっ! 何故そんな真似を!」

 あれだけ冷静だったロイがここまで取り乱している。
 何だ? まさかあらかじめ意思の疎通を図っていなかったのか?
 …いや、そんなことはどうでもいい、コレは…、チャンスだ!

「!?」

 短刀で斬りかかる俺、咄嗟の攻撃だと言うのに受け止めたロイ

「くっ…、不意打ちとは随分と姑息だな? ジタン・トライバル?」

 その顔には焦りの色が見える。

「言っただろう? こっちは暇が無いんだ、さっさと勝負を付けさせてもらうぞ」

「…ふん、仲間がどこかへ飛ばされたと言うのに、随分と冷静だな?」

「仲間だからこそ信用してるんだよ、クジャは負けやしない、絶対にな。」

 実際、クジャは先の戦いでアレイを圧倒していた。
 ”特設ステージ”とやらに引き込まれたのが気になるが、あいつが負けるとは思えない。

 だが、ロイは俺の言葉を鼻で笑い飛ばす。
 …何だ? 確かにあいつは焦ってる、…けどその表情の先に、何か得たいの知れない余裕を感じる。

「ならばその余裕、吹き飛ばしてやろう。
 …貴様、ここに来るまでに何か違和感を覚えなかったか?」

「違和感…?」

 つばぜり合いの形になりながら、お互い言葉を交わす。

「ここに突入して、襲ってくる敵の数が随分少ないと思わなかったか?」

「…それがどうした」

 背筋に嫌な汗が流れ出す、ロイの口元が、ニヤリと釣りあがる。

「貴様らがアレクサンドリアを発つと同時に、アレクサンドリアに我々の軍が出兵した。」

「…ッ!?」

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 クリフはふと、カラムの様子がおかしいことに気づいた。
 手に持っていたカードをテーブルの上に置くと、ダグの非難(「勝ち逃げする気か!?」)を無視し、カラムの元まで歩く。

「おい、どうしたんだよカラ…ム?」

 肩に手を置くと同時に、カラムの体が震えていることにクリフは気づく

「一体何を見たんだ?」

 声をかけるが、カラムは声も出さず、震える指で前を指した。
 視界に広がるは魔の森、別にこれと言って異変は…、いや、おかしい、何かがおかしい

「…おい、カラム、双眼鏡を渡せ」

 何も言わずに双眼鏡をクリフに渡すカラム、そしてそれを覗くと同時に、瞳が驚愕で見開かれる。

「二人して何やってんだよ…」

 等と言いながら寄ってきたダグに、クリフは言う。

「…ダグ」

「あ? なんだよ?」

「…今すぐ王宮に打電しろ」

「なんで?」

「…しゅうだ」

「…あ?」

 クリフは双眼鏡から目を離すと、魔の森を指差して叫ぶ

「敵襲だ!」

 同時に響く爆発音、カラムが、クリフが、ダグも咄嗟に音の鳴った方を見る。
 炎に包まれた魔の森、そしてそこから出てくる、無機質なボディと、大きな筒を上部に持つ”それ”は、言いようの無い威圧感を放っていた。
 そしてその後ろからは同型の”それ”が続々と、また視界を埋め尽くさんばかりの人影が、ワラワラと蠢いているのが見える。

 呆ける三人、しかしクリフは気づく、”それ”の砲塔が、ゆっくりとこちらに向けられていることに
 まさかと言う考えが過ぎるが、しかしクリフの口と体は動いていた。

「下がれ! 撃たれるぞ!」

 何故撃たれると思ったのかは分からない、何故向けられたのが砲塔だと思ったのかも分からない
 強いて言えば彼の直感から出た言葉。だがその直感は正しく、直後、砲口から放たれた砲弾は基地に着弾したのだった。

 崩れ落ちる国境警備隊基地、正体不明の敵部隊…いや
 ブルメシアより出兵した、『テラ機甲師団』は、アレクサンドリア本土へ向け侵攻を開始する。

 ”それ”…『戦車』と共に進軍する兵士達の瞳に生気は無く、ただただ、不気味な光を湛えていた。

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 動揺する俺、その隙をついて、ロイの大剣によって押し飛ばされる。

「どういうことか分かるか? 貴様らはずっと監視されていたんだ、我々の息のかかった者達によってな!」

 何とか受身を取ると、短刀を構え直す、そこに響くロイの声

「今頃我々の軍は丁度アレクサンドリアに攻め入っているところだろう」

 頭の中を駆け巡るロイの言葉、監視されていた? もう開戦している?
 グルグルと混乱しそうになる頭、だが…

「…どうだ、これでもまだ余裕でいられる…かッ!?」

 俺は一も二も無く飛び出し、ロイに斬りかかる。
 ぶつかり合う剣と剣、だが今度は俺が押し飛ばす。

「あぁ、よく分かったよ…、なら、尚更さっさとお前を倒して先へ行くまでだ!」

 体勢を立て直したロイ、即座に魔法を展開させ、叫ぶ

「それはこっちのセリフだ!」

 俺も短刀に込められたアビリティを開放させながら、叫ぶ

「「行くぞ!」」

 −戦いの火蓋が、今、切って落とされた。


続く


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