第七幕


 夜も更け、人気の無いアレクサンドリア港にて三つの影

 内二つの影は、地面に置かれた樽の中に頭を突っ込み何かを食し
 内一つの影は、二つの影近くの建物に背を預け、腕を組み、何かを待っていた。

 辺りに響く、二つの影が何かを咀嚼する音
 
 ふと、その音が止む
 三つの影に接近する新たな影
 二つ…、いや二匹のチョコボは首だけ後ろに回し、つぶらな瞳をそれに向ける。

 暗闇の中、徐々に浮かび上がる新たな影の輪郭
 壁に寄りかかっている男は、目を瞑ったままその影へ対し言葉を紡ぐ。

「…やぁ、ジタン、遅かったね」

「悪いクジャ、少し用意に手間取った」

 それに対し新たな影…、ジタンは申し訳なさそうに返す。

「気にしなくていいさ」

 いつものように不敵な笑みを口に浮かべた顔を横に振り、そう返すクジャ。
 彼はそのまま壁から身を離すと、チョコボの体に巻かれた手綱に手を触れ、言葉を続ける。

「さぁ、行こうか?」

「…あぁ、行こう。」

 そして頷くジタン、その瞳には決意の色が浮かんでいた。


I miss you. 7


 あの後3時間の睡眠を挟むと
 ブルメシアへ向かうに当たり、どこを通っていくかをクジャと話し合った。

 陸を渡るのか、それとも空を、はたまた海か

 陸から行くとした場合、北ゲートを渡るか
 または南ゲートを渡った後、ギザルマークの洞窟を抜けることになる。

 前者はブルメシアへ向かう最短ルートではあるものの
 北ゲートのブルメシア側(ブルメシアアーチ)を管理しているのはブルメシアの人間であり
 テラの息がかかっているのは間違いないであろうと言うことで却下。
 たった二人で国一つ相手に戦うんだ、ならより勝率を上げる為にも、敵の隙を突いた奇襲攻撃を狙いたい。
 その為には敵に俺達の動きを気づかれるのだけは避けたい。

 後者はより単純に、道のりが長すぎると言うことで却下。

 そこで残ったのが海路と空路の二つ

 海を行くのなら船を使うことになるだろうし
 空を行くのなら飛空挺を使うことになるだろう
 
 ただ問題は飛空挺や船と言うのはとにかく目立つことだ
 特に飛空挺のここ最近の型はどれも稼動音が本当にうるさい
 以前の霧を動力に飛ぶタイプの頃は静かだったのに
 得体の知れない液体…確か石油だっけ?が燃料になってからは本当にうるさい
 プロペラ推進はまだ許せるけど、ジェット推進タイプなんかは本当に辛い
 以前新型飛空挺のお披露目があった際、飛行性能を見せるためと発進した際
 俺がうっかりその飛空挺近くに立ってたら、あまりの轟音に難聴になるかと思った。
 更に言えば地理的に着陸可能な場所がブルメシア国境付近に限られていると言うのがまた辛い
 国境守備隊どころか民間人にも簡単に目視されるだろう距離まで近づかなければならないのはさすがに…

 一方船の場合、戦後直後に静音タイプのエンジンが開発されたし
 後はその目立ちやすい船体を気づかれないように細心の注意を払って移動すればいいだけだ
 上陸する際に停泊する場所なんてそれこそ適当な場所でいいだろ
 船の一隻くらい、この際乗り捨てる覚悟で行かなくちゃな。
 
 …と、一時は船で乗り込むことで意見が纏まるところだったのだが、ここでトンでもない問題が浮上した。

 予算が無い

 …この事実に直面した直後は本気で泣きたくなった
 俺の三年間の稼ぎじゃ飛空挺はともかく船の一隻買うことは愚か借りることすら出来ないのかと
 いや、正確には飛空挺は無理でも船本体ならギリギリ買うことが出来るんだ。

 問題なのは燃料だ、詳しいことはよく知らないが、何でも今の燃料は地面を掘って沸いてきた液体を使ってるらしいのだが
 これがまた埋蔵量が非常に少なく、おまけに人件費や燃料の運送費、高い需要の問題でただでさえ値段が高いのに+して
 それを一度国が買い上げたあと、軍隊やらに回した後、民間に下る…
 と言う段階を経た結果、必然的に民間に下りてくる量は限られてしまい…
 上記諸々の問題が重なり合った結果、今じゃリッターで数万ギルとか言うふざけた値段が付いている。

 それもこれも霧の大陸内での国同士の仲が絶妙に悪く
 リンドブルムが以前から進めていた、霧が無くなった際の代替エネルギーの研究が遅々として進まず
 たまたまリンドブルムの調査団がダゲレオの周辺海域で燃料を見つけ、さぁこれから研究を一気に進めるぞと言う段階で
 アレクサンドリアを起点としたドンパチが始まってしまい、そのまま勢いで霧まで無くなってしまい
 なし崩し的に元々研究用だったその燃料を全ての国々が使うようになったせいなのだが…
 最近はようやく霧の大陸内でも発掘調査が始まり、幾つか埋蔵地の目安も立ってるらしいので
 近い将来には燃料の値段も大分落ち着く見通しではあるものの…

 今現在値段が高いのはどうしようも無い

 歩きはダメ、船もダメ、飛空挺もダメ、手詰まりか!?
 …と思ったところ、クジャから一つの提案がなされた。

「ならチョコボを使えばいいじゃないか」

「チョコボ…? 陸地しか走れないじゃないか?」

 クジャの発言にそういぶかしむ俺、しかしクジャは続ける

「ははは、知らないのかい? チョコボには色々な種類があるんだよ?」

 クジャ曰く、チョコボは5種類存在するらしい

 一つは陸チョコボ
 一つは浅瀬チョコボ
 一つは山チョコボ
 一つは海チョコボ
 一つは空チョコボ

 聞けば上から下へ行くにつれ、走行、あるいは移動可能距離が広がっているらしい
 …しかし海を走れる海チョコボの時点で驚きなのに、更には空チョコボまでいるとは…

 …あの羽って飛ぶこと出来たんだな

 っで、クジャ曰く、知り合いにチョコボブリーダーがいるらしく
 そいつに掛け合って格安で空チョコボを調達してきてくれるそうで、予算と乗り物の問題はクリア
 更にブルメシアへと向かうルートは、アレクサンドリア港から西へグルリと回って乗り込むことに決定…と

 ついさっきまで色々悩んでたことがトントン拍子に解決してしまったことにしばし虚脱状態に陥る。
 なにせチョコボなら飛行中の騒音で困ることは無いし、どこでも着陸可能だし、小さいから目立たないし…

 …まぁ、それもこれも俺がチョコボのことをよく知らないのがいけなかったんだからしょうがないな、と
 立ち直ると同時に、早速お互い出陣するに当たって必要な武器やアイテムの調達の為
 集合場所と待ち合わせの時間を決め、一時解散と相成った。

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「ここも久々だな…」

 アレクサンドリア城から船に乗ってわずか十数分足らずで来れる場所なのに
 仕事の都合上滅多に来れない、近くて遠い町、それが俺にとってのここ、アレクサンドリア城下町。

 下手をすればタンタラス団在籍時の方がよほどこの町を歩き回ってたんじゃないかと思うと同時に
 昔を思い出して何だか懐かしい気持ちに浸りながら目的地へ向かい歩く俺。

 ふと辺りを見回せば、路上で遊びまわる小さな子供達
 その横で世間話に花を咲かす主婦達と、一方ではベランダで布団を叩き家事に精を出す主婦
 これが少し年上の子供になると学校へ通い、男達は各々の職場で働いているのだろう。

 絵に描いたような平和な日常、思わず緩みそうになる気を、頬を両手で叩くことで引き戻す。
 さぁ、さっさと用事を済まそうじゃないか、まずは武器屋に行くぞ、武器屋!

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「…え? 休み?」

 アレクサンドリア城、王女の間にて
 ガーネットはベアトリクスからジタンが仕事を休むとの報告を聞き、驚いていた。

「はい、本日より約一週間ほどの休暇になります。」

「何故?」

 ベアトリクスに理由を問うガーネット。

 彼女は今の今までジタンが仕事を休暇する話なんて聞いていなかった
 それが昨日騒動が起きたばかりの今日、いきなりである。ガーネットの疑問も当然だった。
 
「ブルメシアへご友人に会いに行くそうです。」

「ご友人?」

「えぇ、ここ最近は休日も少なかったですし、息抜きにと了解を出しましたが…、何か問題ありましたか?」

「いえ…」

 (ブルメシアに友人に会いに行く?)ガーネットの頭の中に疑問が飛び交う
 昨日あんな騒動があったばかりにも関わらず息抜きの休息? ありえない。
 少なくとも彼、ジタンがそんな理由で休日を取るとも思えないし、何よりベアトリクスがOKを出すワケが無い。

 今ガーネットは鏡の前の椅子に座り、ベアトリクスに髪を整えていて貰っていた。
 鏡越しにベアトリクスの表情を見るガーネット、しかしその真意は伺えない。

「ベアトリクス」

「何でしょう?」

 ならばと、思い切って口を開くガーネット。

「それ、嘘でしょう?」

「えぇ、そうです。」

 呆気なくそう答えるベアトリクス、思わず拍子抜けするガーネット

「…本当の理由、聞きたいですか?」

 呟くようにそう言うベアトリクス

「…えぇ」

 それに対し頷き、肯定するガーネット

「クジャが関わっていると知っても?」

「…っ」

 息を呑むガーネット、心なしか悲しげな目をするベアトリクス

 …自身の母を狂わし、あまつさえ殺し、更にはこの国を、世界を引っ掻き回した存在、それがガーネットにとってのクジャだった。
 確かに今現在ジタンと仲がいいことも、かつての罪を償うかのようにまじめに生きていることも知っている。
 けれども、だからと言ってかつての彼の所業を割り切れるほど彼女の心は強くなかった。

「またいつか何か恐ろしいことをするんじゃないか」
そんな理屈で考えれば考えるほどにありえないことすら、時には考えるほどだった。

 ベアトリクスもそれは理解していたし、だからこそワザと駄目元で嘘をついた
 この時期に、このタイミングで、ジタンが仕事を休むと言うことに対する、どうしたってフォローしようが無いことに対する嘘を

 真実を話すにしても、出来ることならジタンの行動の裏にクジャがいることは話したくなかった
 だがしかし、それを隠しきれる自信がベアトリクスには無かった。

 何故なら彼女自身もまた、クジャに対して割り切れない思いを抱いている一人なのだから。

 変に隠そうとして、うっかり歪んだ形で彼女にクジャの存在が伝わるよりは
 真相を話すのなら、初めからこの事実を提示した上で彼女に話そう、それがベアトリクスの出した結論だった。

「…えぇ」

 ベアトリクスに対し、肯定を返すガーネット

 しかし彼女は知りたかったのだ。
 ジタンが何をしようとしているのかを

「…分かりました、ガーネット様、お話しましょう。」

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「これを直して欲しいだって?」

 アレクサンドリア武器屋にて、昨日のアレイとの戦闘で柄だけになった短刀の修理を依頼してみたのだが…

「やっぱり無理なのか?」

「いやな、直せることは直せるんだが…」

 顎鬚を片手でいじりながらそう言う店主

「本当か? なら今日中に直して貰えないか?」

 俺のその言葉に対し、眉をしかめつつ答える店主

「今日中か…、ならますます厳しいな…」

「どうしてだ?」

「ん…、そうだな、理由は幾つかあるが…、ひとまず一つ目の問題は
 これと同じだけの業物を打てる人間が他所に出払ってることだな。」

「…何だって?」

「次の問題は刀自体は元に戻せてもだ、アビリティまでは元に戻せないだろうってことだ
 この銘柄だと確か…、魔法を断つアビリティのハズだが…、合ってるか?」

「…あぁ」

「あのアビリティを付加出来るだけの腕を持つ鍛冶屋はそうそういないからな
 認めたくは無いが、仮に今出払ってる奴が戻ってきても付加出来ないだろうよ。」

 武器に付加されるアビリティの性能と言うのは、つまるところ職人の技量によるところが大きい
 そしてより高性能なアビリティを付加出来ると言うことは、それだけいい武器を作れる人間と言うことの裏返しなワケだ。

 そのアビリティを付加出来る職人がいないという時点でもう…

「それでも刃物自体はなかなかの業物だから修理代は馬鹿になりゃしない
 下手すりゃうちにある一番高価な武器よりも更に値が張るだろうさ
 ジタンさん、悪いこたぁ言わない、これを修理するのは諦めた方がいいよ。」

 そうして柄だけの短刀を俺に突き出す店主
 顔馴染みの店主にそこまで言われて修理に出す気になるハズも無く…

 結局店主のオススメした短刀を一本買って店を出た。
 まぁこれもそれなりの業物だとは思うけど、それでも今は柄だけとなったかつての愛刀と比べると見劣りするワケで…

 ちくしょうアレイめ、恨むぞ…

 …しかしまぁこうなった物は仕方が無い、ここは一つ割り切ってさっさと次の行き先へGO! だ、GO!
 と心機一転、道具屋へ向かおうとした矢先

「おっ、ジタンじゃないか、何やってんだ?」

 何やら懐かしい面々に声をかけられた。

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 アレクサンドリアより離れること数百メートル
 沼と草木に囲まれた中、人里から隠れるようにそれはあった。

 木造の家と、その横にこれまた木で作られた小屋の中、区切られた柵の中、一匹ずつ紐で繋がれているチョコボたち
 それらにただただ黙々と牧草を与える一人の初老の男

 そしてその背後に迫る影が初老の男に被ると、彼は口を開いた。

「…誰だ」

「やぁ、久しぶりだね」

 初老の男はその声に反応し、気だるそうに後ろを振り向き、言う

「…貴様か、クジャ」

「チョコボを二匹借りたいんだけど、いいかい?」

「…ふん、好きなのを持っていけ」

 そして再びチョコボの餌やりに戻る初老の男

「ありがとう、助かるよ、お代はいつも通りの所に置いておけばいいね?」

「…あぁ」

 無言の間、しばらくクジャは初老の男の背を見つめると、チョコボを取りに歩き出す。

「待て」

 クジャの背中にかけられる初老の男の声

「なんだい?」

「…村の奴らは元気か?」

 背中越しの会話、一泊の間の後、クジャは答える。

「あぁ、元気だよ」

「…そうか」

 そして再び餌やりを再開する初老の男
 チョコボを取りに行くクジャ、口元には笑みが浮かんでいた。

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 道具屋で必要なアイテムも買い終え、無事用意を終えることが出来た。
 あっちこっちで知り合いに声をかけられたせいで思いのほか時間がかかったけどな…

 今は城下町から城に戻り、自分の部屋へ向かう通路を歩いている途中だ。
 さて、クジャとの約束の時間まで精々休んでおくとするかな…

 と、ようやくついた部屋の前、ドアを開けると同時に、ヒラリと何やら紙が落ちた。

「…なんだこれ?」

 どうやらドアの隙間に挟まれていたらしい、手紙…か?
 丁寧に包装された封筒を開き、中に入っていた二つ折の紙を開き、中身を読む。

「これは…、ガーネットから?」

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 手紙に書かれていたのは「会いたい」と言った趣旨の内容だった。
 指定された時間はAM12:00、集合場所はアレクサンドリア城展望台…

 ジタンは何となく呼ばれた理由を理解していた。
 そして展開次第では彼女を説得させるのが難題になるであろう可能性があることも考えていた。

 彼は何があろうと、どんなことになろうともブルメシアに行こうと言う決意はしていた。
 しかし行く前に彼女との間に大なり小なりの霹靂を残すことだけはどうしても避けたかった。

 だが今現在彼が何より後悔していたのは、今こうしてガーネットに呼ばれるまで
 自分が何も言わずに消えたら彼女がどう思うかを失念していたことだった。

 確かに前日の戦闘以来、トントン拍子に物事が進んだこともあり、ついうっかり失念してしまったと言い訳は立つが
 それにしたってあまりにも迂闊、迂闊にも程があった。

 …しかしいつまでも後悔していても仕方が無い、これからどうするか、それが問題だった。

 部屋から出ること十数分、ジタンは目的地に到着した。

 彼の視界の先、展望台の街を一望できる手すり近くに、彼女は居た。
 丁度背中を向いている為顔は見えず、故にジタンの存在に気づいているかも分からなかった。

「ガーネット」

 ジタンはとにかく声をかけてみた。
 反応は無い。

 どうする? ジタンは困った。

「…ガー…」

「…話は聞いたわ」

 再び呼びかけようとした時、返ってきた反応。
 感情の窺えない声。

「…どうしても、いくの?」

「…あぁ。」

 そして間。 

 幾ばくかの後、ジタンが口を開く。

「…今日さ、久々に城下町に出たんだ。」

「…」

 それはとりとめの無い話だった。
 縄跳びで遊んでいた子供達、それを見守る母親達の話
 道具屋でアイテムを買ったらおまけでもう一つポーションを貰えた話
 何てことの無い日常の話だった。

「本当にのんびりとした空気が漂っててさ、そんな空気の中にいたら、戦意が萎えてきてさ
 段々とブルメシアに行くことが怖い、出来ることならこの平穏の中に身を埋めたいって、そう思ったんだ。」

 「でもさ」と続けるジタン。

「もし俺がブルメシアに行かなかったら、あの平和な空気が壊されるかもしれないと思ったら、やっぱり行かなくちゃダメだと思った。
 …ミコト達の話は聞いただろ? あんなこと、もう二度とあっちゃならないんだ。」

「…」

「それに…俺はクジャを一人で戦わせるようなこともしたくない。
 確かに昔はロクでも無い奴だったかもしれない、けど、今の俺にとっては大事な家族なんだ。」

 ジタンは心なしかガーネットの肩が震えたように見えた。
 しかし続ける。

「…なにより、俺はあいつらがガーネットを襲ってきたことが許せない
 もし放っておけば、絶対またあいつらはやって来る、だからその前に俺はあいつらと決着を付けたい。」

 何があろうともガーネットを守る。
 それが4年前から、初めてガーネットに会ったその日から、ジタンが胸に刻んだ一つの決意だった。

(その為なら、たとえこの命を賭けてでも…)

「…」

 そして沈黙。
 そんな中またも口を開くジタン。

「…俺の考えはこんなところだよ
 …ごめんな、こんなの俺から伝えるべきだったのに、ガーネットに場まで用意させて
 それじゃあ、そろそろ約束の時間だから部屋に戻るよ。…じゃあ、またな。」

 そしてガーネットに背を向け、部屋へ向かおうとするジタン

 自分の考えは全て伝えた、果たして彼女を納得させることが出来たのか
 …いや、完全に納得なんて出来るハズは無い、が、それでもいくらかさせられたのだろうか

 そんなことを考えていると、突然背中に衝撃が走る

「!? …ガ、ガーネット…?」

 ガーネットがジタンの背中に抱きついたのだ。

「…初めから分かってた」

「…?」

「私がどうしようと、あなたは絶対に行くだろうってことくらい、分かってた…」

 だから彼女は何も言えなかった。
 言ったところで彼を止めることは出来ないのだから。

 ならいっそのこと自分は何も気づいていないフリをして
 ジタンをそのまま行かせ、自分が彼の精神的な負担にならないようにするべきなんじゃないかとも考えた。
 
 けれど、ダメだった。
 どうしても会いたいと言う衝動を抑えきれなかった。

「…」

「だからせめて…、このお願いだけは聞いて」

「…お願い?」

「絶対、生きて帰ってきて、ね…?」

 嗚咽の混じった、か細い声、不安で不安でたまらない、そんな思いの篭もった声だった。

「…ッ」

 ジタンはその時初めて理解した。
 彼女は自分が死ぬことを恐れていたことを。

(何が、例えこの命を賭けてでも、だ。
 そのせいで彼女を悲しませてどうするんだ、この大馬鹿野郎め)

 思わず心の中で自分を叱責すると、彼はおもむろに口を開く。

「…あぁ、分かってる。」

 ジタンはガーネットを体から離させると、彼女と向き合う。
 涙で腫らした瞳が痛々しい、そしてその原因となった自分に対しての怒りを抑え付けながら、言葉を紡ぐ。

「あの時のプロポーズ、まだ覚えててくれてるかい?」

「…えぇ」

 ガーネットは涙を拭きながらそう返す。

「あの時は渡しそびれたけど…」

 そう言いながらポケットから四角形の小さな箱を取り出す。

「これを受け取ってくれないか?」

 そして上蓋を開くと、そこには小さなガーネットの付いた指輪があった。

「…帰ってきたら、あの時聞きそびれた返事を聞かせて欲しい。」

 箱の蓋を閉じると、ガーネットの手に箱ごと握らせる。

「それまで、これはガーネットに預けておくよ」

「…ジタン」

 尚も不安そうな顔でジタンを見るガーネット

「大丈夫、俺は帰ってくる、絶対に」

 ジタンは微笑みながらそう言ってガーネットの目に滲んだ涙を指で拭く

「だからガーネットも、信じて待っててくれ。」

 ガーネットに、そして自分にも言い聞かせるようにそういうジタン。

「…えぇ」

 まだ不安は拭えない、けれども、ガーネットは頷く。
 そのガーネットの反応にジタンは笑顔を返すと、言う。

「それじゃあ、行って来る。」

「…行ってらっしゃい」

 そしてジタンはガーネットに背を向け、部屋へ向かい歩き出す。

 彼女を泣かせてまで行く以上、絶対に奴らを止めてみせる。
 そして、絶対に生きて帰ってくる、何があろうとも絶対に…ッ

 そんな決意を胸に。

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 AM1:45 アレクサンドリア港にて

 俺は夜空を、その先にあるブルメシアを、先の決意を反芻しながら睨み付ける。

「…ジタン?」

 そんな俺を何やら怪訝な顔で見るクジャ

「…ん? どうしたクジャ?」

 俺がそう何事も無かったように返すと

「いや、何でもないさ」

 多少訝しげではあるものの、クジャもまた、何事も無かったように振舞う。

「…さぁ、行こうか?」

 チョコボの首にかけられた手綱に触れながらそう言うクジャ

「…あぁ、行こう」

 そしてそれに返事をすると、もう一羽のクジャの近くに寄る俺。

「チョコボの乗り方は分かるだろ?」

「当然」

「なら話は早い」

 チョコボの背に飛び乗るクジャ、俺もそれに倣いチョコボの背に飛び乗る。

 クジャが手綱を振り上げると、ゆっくり動き出すチョコボ
 その行く先は海と反対方向、「何故?」と思いつつもその動きに倣う俺

 数メートル程後ろに下がると、チョコボの向きを海へと移す。

 …なるほどな、助走を付ける為か。

「さぁ、ジタン、準備はいいかい?」

「OK、いつでもどうぞ。」

 勢い良く振り上げられる手綱、駆け出す俺とクジャのチョコボ
 海へ落ちる直前、ふわりと感じる浮遊感、そのままチョコボは一気に宙を舞う。

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 アレクサンドリア城、ベアトリクスの部屋にて

 机に向かい、書類を読んでいるベアトリクス
 部屋には紙をめくる音だけが、ただただ響いていた。

 そこで聞こえる扉を叩く音、ベアトリクスは書類に目を通したまま、「どうぞ」と声をかける。

 開くドア、その先に立っていたのはスタイナーだった。

「二人は行ったであるぞ」

「そうですか…」

 淡々と書類を読み続けるベアトリクス

「それで言われたとおり周囲におかしな輩がいないか見張っていたら、二人捕まえたのであるが…」

「…あるが?」

「どこか様子が変なのである、顔に生気が無いと言うべきか…」

「そうですか…」

「あんな不気味な顔した連中を見たのは初めてである。
 …ベアトリクス、本当にジタンを行かせて良かったのであるか?」

「…」

 スタイナーの疑問、しかし返事はなく、ベアトリクスの表情はただただ険しかった。


続く


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