第六幕


 さて、クジャと共にブルメシアへ向かおうと決意したまではいい
 だがその為には幾つかの問題を解決しなくちゃならない。

 まずはその一つ、付き人の仕事の休職願いを出さなくてはならない。

 女王の付き人と言う仕事は色々と厳しい。
 なにせ四六時中王女の身の回りのお世話をしていると言うことは
 裏を返せばそれだけ女王の日々のスケジュールを把握していると言うワケで
 よく国家転覆を狙う組織とかに一人でいるところを拉致されて自白剤でも打たれたりした日には
 冗談抜きで女王の命に関わる大問題と化すわけで…

 故にその行動制限は非常に厳しく、城下はおろか城内も満足に歩くことすら許されない。
 (…え? クジャ探す時あっちこっち動いてた? あれは非常時だからいいんだよ、ごたごたしてて誰も気づかなかったし)

 更に四六時中付き従う人間がコロコロ変わったら女王のメンタル面にどんな影響及ぼすか分からないと言うことで
 休日だって滅多に無いし(年に1.2回休めるかどうか…)、有給を求めてもほぼ確実に却下される。

 まず休職願いが通る可能性だって低いし、最悪の場合は無断で休暇を取ることにも…

 …しかし時期的にはそろそろ仕事が忙しくなるんだよなぁ
 そんな中、いつ終わるとも分からない休職をするのか…

 命からがら帰ってきたら俺の部屋と机が無くなってたりしてな
 世界は救えても俺の仕事は救えませんでしたってか?
 はは、ははは

 ( ゚∀゚)アハハハハ八八ノヽノヽノヽノ\/\

 …笑えない、そればっかりは笑えないって、本気で


I miss you. 6


 さてどうしたものかと電話の受話器を握ったまま考えること十数分
 いや、実際にかかってる時間は数分無いかもしれないけど

 ちなみに今俺が持ってるこの電話機
 かつての騒乱から…大体半年ほど経った頃に発明された機械だ
 (元々は戦中、長距離での情報の効率的な伝達の為に開発が進められていたらしい)
 どんなに離れている相手ともいつでも会話が出来ると言う非常に素晴らしい道具なのだが
 運用コストやら何やらの都合で、現在はアレクサンドリア城と一部地域にのみ試験的に線が引かれているだけと言うから勿体無い。
 リンドブルムなんかは一部地域とは言え、城下にも電話を普及させ始めてる辺りがさすがと言うか何というか。
 やはり王族からして発明家の血筋を引いてると言うだけあってか、新しい技術に対してはとにかく貪欲なこと。
 つい先日もアレクサンドリア城とリンドブルム城で電話の線を繋げてみないかと言う
 大陸をまたにかける実に壮大な計画を向こうから提案され、こちらの度肝を抜かされたっけなぁ…
 
 ‥おっとっと、話が脱線したな
 さてさて、時間も時間だし、早くベアトリクスと会う約束を取り付けなくては

 …けど問題は会った後なんだよな、一体どう説明したもんか。

 いや、素直に全部話してしまえばいいとは思うものの、問題はその情報源

 あの騒乱からもう数年の月日が経過したとは言え、未だあの騒乱の中心にいたクジャに対する評判は芳しくない。
 ベアトリクスもそこら辺のことはしっかりと割り切ってるとは思うけど、それでもやはり辛いものがあるだろう。
 なにせ自分の仕えていた主人を狂わした(まぁクジャはキッカケに過ぎないかもしれないけど)
 挙句殺した男の情報を信用しろと、それもその情報の裏づけとなるものだって実質無い中、でだ。

 アレイとロイの件があるとは言え、そう簡単に信じてもらえるんだろうか…

 そうだな、いっそここは俺が口八丁で上手いことクジャの存在をぼかし、かつ適当な情報の裏づけをでっち上げれば…

「あっ、そうそう、ベアトリクスに休職願い出すんだろ?
 その時は僕も一緒に理由を説明しようと思うから、よろしくね。」

「…はい?」

 紅茶を優雅に飲みながら先の言葉を繰り出したクジャ

 多分、いや間違いなくベアトリクスはいい顔をしないだろう。
 彼女はそういった感情を、まだ割り切り、抑えることが出来る部類の人間だとは思うものの…
 それ以上に問題なのは彼女の周りにいる人々だ。

 現在、クジャの存在はアレクサンドリアにおいて半ば秘匿扱いにされ、存在そのものが無かったことにされている。
 故に国民が知ってる当時の騒乱の情報は、真相を知ってる俺の目からすれば
 「よくここまで…」と思えるほどのでっち上げを必死の理屈で組み上げられたものだ。

 しかしどうしてあそこまで必死に隠してるんだろうか、まぁ俺らからすれば非常に都合が良かったりもするが。

 だが、”秘密”である以上、当然知ってる人間がいる
 誰も知らなきゃそもそも”秘密”である必要が無いしな
 そしてそれを知っているのは貴族を初めとしたお偉いさん達だ
 (例えばベアトリクスは将軍職に就いているし、スタイナーもそれに順ずる立場にある。)

 っで、だ、そういったお偉いさんの部屋はお偉いさん同士で固まる。
 警備の面から見てもその方が楽だし合理的だしな。

 ついさっき騒動もあったばかりだからひっきりなしに人が出入りするし
 部屋によっては各部署のお偉いさんの手によって臨時の対策室が立てられてるかもしれない

 そういった、”知ってる”人達がクジャの姿を見たらどう思うか? どういう目をするか?
 それらの視線の中にクジャを晒しても大丈夫なのか? 不安だ、心底不安だ。

「いや、でもな…」

「あぁ、僕のことなら気にしないでいいよ。
 それに、君だけで説明して、上手くベアトリクスを丸め込める自信はあるのかい?」

 …無い。

 間違いなく無理だ、多分絶対どこかしらでボロが出て嘘は看過される。
 彼女の優れた洞察力から、剣客として勝ち抜き、生き延びる為
 相手の強さを、状態を、より客観的に判断する為に培われたその洞察力を前に嘘を付き切る自信は…

 情けないけど、無い。

「…だからと言って、本当にいいのか?」

「はは、僕は大丈夫だよ、問題ないさ。」

 そう言って笑うものの、うーん、心配だ…

「それに…」

 フッとクジャは顔から笑みを消すと

「それが罰だって言うなら、甘んじて受け入れるべきだと、僕は思う。」

 そう、ポツリと呟いた。

「クジャ…」

 あいつは何もかも覚悟の内、ってワケか…
 俺は意を決して受話器を持ち上げると、ベアトリクスの部屋へと電話をかけた。

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 夜も更けていく中
 彼女は机に向かい、黙々と仕事をこなしていた。

 その仕事量はあまりに多く、そして重責も、負担も大きい。
 だが彼女はそれを苦に思うことは無かった。

 国に、女王に仕えることこそが彼女の本懐
 その為ならいくらその身を粉にすることも、心を殺すことだって厭わない。

 三年前、一度はその理念が崩されそうになったことはあれども
 だから、だからこそ、今度は二度とあのようなことは起こさせない、不穏の芽は根こそぎ刈りとる。

 執念、そう言っても過言ではない思いを胸に、彼女は一心不乱に仕事をこなす。

 …そこでドアを叩く音が聞こえて、ハッとする。

「少し根を詰めすぎましたか…」

 頭を軽く横に振り、手に持っていた書類を机の上に置くと、ドアに向け「どうぞ」と声をかける。
 そして開いたドアの先に立っていたのは…

「あなたでしたか、スタイナー…」

「邪魔したであるか? ベアトリクス?」

「いいえ…、ちょうど一息つこうかと思っていたところです。
 それより、一体何の用で?」

「う‥、うむ、息抜きにコーヒーでもどうかと思ってな」

 そう言って両手に持っている湯気の立ったコーヒーカップを見せるスタイナー

「相変わらず、不器用な人ですね」

 ポソリと、そう呟くベアトリクス
 「な、何であるか?」と困惑するスタイナーに対し
 「なんでもありませんよ」と返すと、コーヒーカップをスタイナーから受け取る彼女。

 彼は彼女が仕事に対して根を詰めすぎることを理解していた
 特に女王が関わる事になると、見境が付かなくなることがあることも

 だから心配になって様子を見に来たのだろう

 ベアトリクスはその好意が嬉しかった。
 下心一つ感じさせ無い純粋な好意によるその行いが素直に嬉しかった。

 椅子に座りながらコーヒーを飲むベアトリクスと
 その近くに立ちながらコーヒーを飲むスタイナー

「…スタイナー」

 ふと、ベアトリクスが声をかける。

「なんであるか?」

 そしてとても優しげな微笑を浮かべ

「ありがとう。」

 と一言。

 それに対しスタイナーは、思わず頬を染め、彼女から目をそらしながら

「う、うむ」

 と答えるのが精一杯だった。

 武人の家に生まれ、武人としてただただ剣の道をひた走り
 女性とは縁の無い人生を送ってきた彼は非常に初心だった。

 そしてその反応にも、ベアトリクスは好意を抱く
 好意が好意を呼びまた更に好意を抱かせる

『恋心とは厄介なものですね。』

 そう心の中で呟くベアトリクス。
 けれど決して嫌な感情ではない、むしろ心地よくあった。

 城内を包む喧騒の中において
 今このとき、この部屋には確かに穏やかな時間が流れていた…

 そこに鳴り響く鈴の音

 反射的にベアトリクスは受話器を取る。

「…はい、ベアトリクスです。
 …あなたですか…、…機嫌? 悪くありませんよ? それより用件は何ですか?」

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 …息苦しい、とてつもなく息苦しい
 おまけに突き刺さるような視線が痛い痛い痛い

 ここはアレクサンドリア城2階通路
 ベアトリクスから指定された時間通りに彼女の部屋へ向かい、クジャと共に歩いているのだが
 思った以上に周りの人々の無言の圧力と言うか何と言うかが強烈過ぎて困る。

 心なしか胃が痛くなってきた、ここに来る前に胃薬飲んでくれば良かったな…
 けど、けどだ、きっと一緒に歩いてるクジャはもっと辛いハズ…
 って何だその余裕の表情は、くそぉ…、何だか悔しいぞ…

 まぁこんな顔をしつつも、実のところ内心かなりキテルんだろう
 よく見てみれば少しはそういう思いが滲んで見えたり…、ダメだ、分からない。

 とにもかくにも急いで部屋へ向かおう、俺の胃に穴が開く前に

 そして急ぐこと数分、何とか穴が開く前に到着。
 ドアをノックし、返事を待つ。

 …どうしてだろうか、妙に緊張している俺がいる。
 ここに来るまでに現実を、クジャに対する反応の予想以上の厳しさを身を持って思い知らされた為か
 それとも電話をかけた時妙に声が怖かったせいなのか、よく分からないが緊張が止まらない。

 そして返ってくる返事、パッと聞き声はいつも通り、ドアを開く俺

 直後に目に入る、いつにもまして硬い表情を見せる、椅子に座ったベアトリクス

「そこの椅子にどうぞ」

 そう言って、二人の前にあるソファーに座るよう促すベアトリクス
 椅子へ向かいドアから離れる俺、そしてその後ろを歩くクジャ

 …微妙にベアトリクスの顔色が変わるのが分かった。

 椅子に座り、ベアトリクス達と机越しに対峙する俺ら二人
 心なしか彼女の目は冷たい、ハハッ、なぁに、その目と相対する覚悟なんてとっくにしてるさ

 さぁて、それじゃあ始めるか。

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「…なるほど、話は分かりました。」

 約数十分後、俺達からの説明は終わった。
 主な説明は俺がして、それをクジャが補完する形だった。

 終始ベアトリクスは冷たい雰囲気を纏ってはいたものの
 疑問点等をキチンと聞き返してくる等、しっかりと仕事をこなしていた。

 ひとまず俺も説明を無事終えたことに安著

「ですが…、ジタン、この情報を私が鵜呑みにすると?」

 しかし案著した直後ベアトリクスから発せられる威圧感

「いいや、思っちゃいないさ」

 だがここでそれに押されるワケにはいかない。

「ただでさえ大した裏づけが無いと言うのに
 更に言えばかつては敵だったクジャが情報元
 そんな情報を信用しろって言うのがそもそも無理がある、そうだろう?」

「…えぇ、そうです。」

「だからこの話は『そう言う話もある』程度に捉えてもらえればそれでいい」

 俺を見据えるベアトリクス、威圧感は未だ強い。

「飽くまで今回俺がここに来たのは、休職願いを出しに来ただけだ」

「…何のために?」

 分かってるクセに、いじわるな。

「ブルメシアに行って連中を止めるために」

「不確定な情報に乗せられて?」

「けれど信憑性が全く無いワケじゃない。」

「それは身内の欲目、ですか?」

「否定はしないさ」

 依然変わらず真っ直ぐ俺の目を見据えるベアトリクス
 俺もその目を逸らすことなく堂々と見据え返してやる。

 睨み合うこと数分、ベアトリクスはため息を吐き、言う

「…分かりました、休職願い、受け入れましょう。」

「…え?」

 あっけない、思った以上にあっけない、あれだけの会話で? マジかよ?

「お互い情報に対する見方があまりに違いすぎます
 これ以上話し合ったところで押し問答になるだけです。
 それに…、もし仮に私がダメだと言ったところで、今のあなたが黙って受け入れるとは思えません。」

 さすがにそこら辺は見切られてるか…

「なら貴方は貴方の信じたことをしなさい。
 もしこの話が事実なら厄介ごとが一つ片付きますし、もし違えばあなたのお給料が減るだけですから。」

 …なるほどな、そういう考えもアリか、ってちょっと待て

「やっぱり休んだ分は給料から天引きされるのかぁ…」

「当然でしょう? むしろクビにならないだけ有難いと考えるべきですよ。」

 ニッコリとそんなことを言うベアトリクス
 うわぁ、あんな顔初めて見たけど禍々しい、禍々しいオーラが出てるぞ

 チクショウ、先の言葉で物分りのいい人っぽいポーズは取ったけど
 その実俺がクジャの情報を優先したことを地味に怒ってるっぽいな…

「それではジタン、休職願いは受け入れました、明日…、いえ、今日から貴方はフリーです。
 この貴重な休日が有意義であることを祈っていますよ。」

 ぅぅぅ、休暇前には必ず彼女から言われる言葉だけど、今回ばかりはどうも皮肉にしか聞こえない

「さぁ、私はこの後も仕事が残っているので部屋から出て行ってもらえると嬉しいのですが?」

「はい…」

 せっかく無事休暇がとれたと言うのに、何故だか敗北感を胸に抱きながらクジャを伴って部屋を出ようとすると…

「あっ、すみませんジタン、聞き忘れていたことがありました。」

「…なんですか?」

 気力も果て、思わず敬語で返す俺

「ブルメシアにはいつ出かける予定になりますか?」

「そうだな…、今日はさすがに体力的に厳しいし…、明日の夜には」

「そうですか、分かりました、行っていいですよ。」

 そして今度こそ俺が部屋を出ようとしたその時

「…クジャ、貴方は少し部屋に残ってもらえませんか?」

 ベアトリクスがそんなことを言い出した。

「…え?」

 思わず歩を止める俺

「ジタン? 聞こえなかったのですか? 私が呼んだのはクジャだけですよ?」

「ちょっと待ってくれ、何を…」

「ジタン」

 何をクジャに言う気なんだと続けようとしたところ
 それを当の本人に止められてしまった。

 思わず目を見るが、その目は明らかに「大丈夫だから行け」と言っている。

 …そんな目をされたら黙って行くしかないじゃないか

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 対峙する銀髪の男と隻眼の女
 緊迫する部屋の空気

「それで…、僕に何の用だい?」

 先に口を開いたのは銀髪の男、クジャだった。

「…彼が王女の付き人になったのは三年前のことです。」

 次に口を開いたのは隻眼の女、ベアトリクス

「『俺をガーネットに見合う男にして欲しい』、彼はそう言って頭を下げてたのが全ての始まりでした。」

「君は何を…」

 クジャは何かを言おうとしたが、ベアトリクスの有無を言わさぬ目に口を噤む。

「付き人と言う仕事を通して王女の仕事を学ばせる傍ら
 帝王学や最低限の学問を、課題と称して彼に徹底的に仕込みました。」

 ただただ話を聞くクジャ

「週の平均睡眠時間が2.5時間、とにかく全ての時間を無駄にすまいと
 彼は膨大な量の課題を必死に、がむしゃらにこなしてきました。」

「そして…」と続けるベアトリクス

「ようやくその課題を一段落着かせたのが、つい2週間前」

 横にある額縁を見ながら続けるベアトリクス

「そして彼は王女様へのプロポーズを決意しました。」

 「ですが…」と今度はクジャを見据え続ける

「その矢先にこのようなことが起きてしまった。」

 「クジャ…」と、更にベアトリクスは続ける。

「あなたに、お願いがあります。」

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 あれからドアの横で待つこと数分、クジャはまだ出てこないのか…
 一体どんな会話が繰り広げられているのか、心配は尽きない。

 何事も無ければいいんだが…

 っと、ガチャリと扉が開く
 出てきたクジャの様子はと言えば…

「あっ、ジタン、待っててくれたのかい?」

 …いつもと変わんないな?
 
「なぁクジャ、一体何を話してきたんだ?」

 とりあえず聞いて見る俺

「別に何てことのない世間話だよ」

「世間話?」

 クジャとベアトリクスが? 想像出来ないぞ…

「ただ一つ言えることは、僕が思っていた以上に彼女は立派な人だった…ってことくらいかな」

 そう呟くクジャ、一見いつもと変わらないようなその顔には、明らかな尊敬の念が混じっていた。

 …本当に一体何を話してきたんだ? こいつ?


続く


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