第五幕


 プルメシア

 かつてのブラネ乱心時、真っ先にアレクサンドリアが侵攻した国
 中堅国家としてそれなりの国力を持っていたものの、アレクサンドリアと言う大国の前には成すすべなく、あっけなく陥落
 そんなことも知らず、未だブルメシア軍はアレクサンドリア軍に抗戦してると思った俺たちは
 ブルメシア軍の援軍として駆けつけたのはいいものの、遭遇したベアトリクスにあっけなくやられたのは今でも忘れられない
 …アレは今思い出しても情けなすぎる、だって3対1で負けたんだぞ? ありえないって、いくらなんでも…
 おまけにその後の戦いも全戦全敗、その後はリターンマッチすることなく今に至るんだけども。
 タマに「今戦ったら勝てるかなぁ」と考えることもあるけど、そもそも戦う理由が無いし、必要もないし、あっても正直二度と戦いたくない。
 あくまで考えるだけ、そう、考えるだけなんだ、…コラそこ、情けないとか言うな。
 …ただ、もし今後、俺がガーネットを悲しませるようなことがあれば、間違いなく戦うことになるんだろうなぁ…
 等と考え、まぁ「俺がガーネットを悲しませるようなことするワケが無い」とは思いつつも
 背筋を冷たいものが走ることが…、って、俺は一体何の話をしてたんだっけ?

 あー、そうそう、ブルメシアだブルメシア
 それでまぁ色々あってアレクサンドリアとブルメシアは和解したんだけども

 …和解に至るまでの過程?
 そこら辺はとりあえずゲームをやり直…ゴホンッ

 しかしその和解後、ブルメシアは逆に厳しい状況に陥ったとも言える
 なにせ散々国土を蹂躙されるだけされてポイッだぞ?
 それも勝ち戦ならまだ士気も違ったろうけど、明らかな負け戦
 アレクサンドリアで起きた内ゲバの関係で和解と言う形になっただけ。
 得た物なんて無く、失った物の大きさだけが身にしみる、そんな状況。

 まぁ王族の方はそうでもなかったみたいだけどな
 けど、いくら士気があろうと結局先立つものが無ければダメなワケで
 
 和解時、本来ならその復興の元手となるハズの資金を
  アレクサンドリアから復興支援金の名目で渡される手はずになってたのだが
 それも直後にアレクサンドリアで起きた騒動で国内の復興に手一杯になったからと
 散々出し渋られた挙句、更に元々の提示額の6割ほどしか渡されたなかったそうだしで…

 あの騒乱以降、元々低かった国力は下落し一気にジリ貧の状態へ落ち込む。
 一応かつての資産があるからまだ破綻することなくやれてるが
 なかなか街の復興にまで手が回らず、今日に至るまで未だ街の復興作業が続いていると言うから大変だ。

 俺が知ってる限り、恐らく当時の騒乱の傷跡が最も大きく、そして深い国と言えるだろう。


I miss you. 5


 先日見たブルメシアの様子を一通り話した俺
 そしてそれを無言で聞いていたクジャは、口を開く。

「確かに…、あの猿が言っていた情報と合致するところが多いね。」

「だろう? ここ一週間で殆どの国を見て回ったけど、あそこ以上におかしな雰囲気の国は無かったぞ。」

 女王の仕事は激務だ
 特に王族外交ともなるとまた更に厳しくなる。
 一年の内、実に半分以上を外国で過ごすなんてのはザラだ。

 そして付き人である俺の場合
 しょっちゅう城下に出されて内情調査とかやらされるワケで
 (そんなの付き人にやらせるなとか思うものの、ベアトリクスがやることだし何かしら意味があると思いたい。)
 故にあらゆる国の内政、状態、その他諸々を、大体ではあるが把握してる。

 自分の力を過信する気は無いが、その俺の目から見て明らかに異質ってのは
 なかなか信憑性が高いんじゃないかな? クジャ?

「…うん、何にしろ、僕が今最も頼れるのは君からの情報だけだ。
 一つ、その情報にかけてみるとするよ。」

「そうか、それは良かった。」

 言い方は少し引っかかったが、クジャも納得してくれたようだ、いやぁ、良かった良かった。
 俺は満足感と共にノンビリとした気持ちに…

 …はて、何かが抜けてる気がするな。

 敵の目的は確か国を乗っ取った後、侵略戦争を開始するんだったよな?
 それで俺の勘が正しければブルメシアが敵に乗っ取られてしまったワケだ。

 それってつまり…

 戦争まで秒読み段階ってことじゃないか!?

 おいおい、思った以上に状況は切迫してるじゃないか…
 コレは急いでベアトリクスに連絡をして戦争の準備を…

 いや、待てよ、落ち着け俺

 まずクジャはどうして乗っ取られた国を知りたがったんだ?
 ただアタリを付けたかった?
 そしてそのアタリを元に俺たちに連中への対策を練らせようとでもしたのか?

 いや、違う、それなら『その情報に賭けてみる』なんて言い方はしない
 これは自分自身の手で何かをしようとしてるニュアンスだ。

 なら何をするつもりなのか? 聞かない手は無い。

 俺は顔を上げ、クジャに話を聞こうとする。
 …が、ついさっきまで椅子に座っていたクジャがいない。

 まさか一人でその何かを行おうと…

「あっ、ジタン、ようやく終わったのかい?」

 …したワケでは無かったようだ。

「お前…、何を…」

「あぁ、突然君が考え事に耽りだしたから
 その間暇になったからね、とりあえず紅茶を淹れさせてもらってたよ。」

 ハイ、と言って、俺の席に紅茶を置く

 自分の分の紅茶だけでなく、人の分の紅茶も作る
 あのプライドの高いクジャにこういった気遣いが出来るようになったと言う事実に
 俺は数年と言う年月の大きさに気づかされ…、って違う!

「…それでさっきの話に戻るけど、クジャ、お前は何をするつもりだ?」

「…何って?」

「乗っ取られた国をブルメシアだと知って、それで何をするつもりなんだ?」

 唇に手をあて、ふと考え事をするクジャ、暫しの思案の後、口を開く。

「…そうだね、君には話しておいた方がいいだろう。」

 続けてクジャは言う

「結局のところ、彼らの言う乗っ取りなんてのは不可能なんだよ。」

「…はい?」

 今サラリとトンでもないこと言われた気がする。

「人一人の心を掌握するのに最低でも3〜4日 
 それもその為には数人の魔法使いが全力で取り掛からなくちゃいけないと来てる。
 もうこの段階からして無理が生じてるのは分かるだろ?」

「あぁ」

「おまけに全世界に宣戦布告なんて真似をするのなら、生半可な国力を持った国じゃ無理だ
 ある程度のことならテラの技術でカバーは出来るけど、それだって限界はある。
 その技術を運営する人間は? その技術で作った武器を持つ人間は? 
 確かに魂を掌握し人形と化した人々に人格なんて無いし 
 どんなに扱うのが大変な武器だろうと、兵器だろうと扱わせることだって可能だし
 文句一つ言わないから肉体が壊れるまで酷使することだって出来る
 けれど戦争はそれだけじゃ出来やしない。」

「数の問題か?」

「そう、物には必ず限界がある、それが体力にしろ何にしろ、必ず 
 だからどんなにその技術力を背景にした武力で戦線を広げられようとも 
 補填出来る人材が、資源が無ければ、いずれ破綻する。
 だからこそ、国力がある程度あり、且つ人口の多い国を乗っ取らなければいけないんだけど… 
 そんな国を乗っ取るとすれば、それこそ大変どころの話じゃない。 
 まずは貴族から心を操作にかかる、コレも人種差、個体差はあるけど
 先に言った通り、大体1人につき3〜4日前後かかると見ればいい 
 心を操作する魔法をかけられるだけの存在がどれだけいるか知らないけど 
 そもそもテラの人間の魂の器になるジェノムの体の数が50体にも満たないって話からしてもタカが知れてる。
 それで毎日数人ずつ洗脳して、最終的に全ての民を洗脳するとして、どれだけ途方も無い時間と労力がかかることか。」

 更に言えばそんな毎日数人ずつ貴族や王族の様子がおかしくなってくれば
 普段の身の回りを世話している人間や、近衛兵達が気づかないワケも無いし、本当に考えれば考えるほど無理のある話だな…

「でもよ、例えば貴族や王族だけを洗脳して、市民を扇動して戦争起こしてみたりとかはありえないのか?」

「最初の頃は上手くいくだろうね
 けれど戦いの目的が世界制覇だよ?
 どれだけの時間がかかることか分かったもんじゃない。
 明らかにどこかしらで泥仕合が始まるのは目に見えてる。
 その間に厭戦ムードが漂いだして、終いには内部崩壊なんてことも考えられる。」

「…確かにな。」

「だろう? それに彼らからすれば意思を持った駒なんて操るのが面倒だし
 少ないテラの人員でやっていくには、駒に感情なんて無い方がいい。
 結局どうしたって全ての民を洗脳する必要に駆られるワケだ。
 けどさっきも言ったとおり、それはあまりにも時間と労力がかかる。
 どう考えたって明らかなオーバーワーク、やりきれるワケが無い。」

 こう冷静に考えてくと、途方も無いどころかスケールがでかすぎてアホらしく聞こえてくる計画だったんだな…

「だけども、その不可能を可能にする、トンでもない方法が一つだけあるんだ。」

「一つだけ?」

「そう、かつてパンデモニウムにあった、ジェノムを精製する機械
 アレが該当する国にあれば、多数の人間の心を掌握し、操り人形にする一連のプロセスを一括で行うことが出来る。」

「…ッ! まさか…、いや、待てよ
 だけどあんな大規模な機械を作るとすれば、それこそ大量の労力が必要だし
 何より作ってる途中で誰かに気づかれないワケ…」

「そう、無理だ、だけどあの機械にはジェノム精製、魂精製、心の掌握の他に
 彼らテラの民の魂の保管場所としての機能も兼ね揃えてる。
 つまり、彼らが目覚めた地に、タマタマその該当する国力を持つ国があれば…」

 …なるほどな、どうやら連中はよほど運が良かったらしい。

「…それで? お前は何をするつもりなんだ?」

「僕はその機械を壊すつもりだ。
 あれさえ壊せば、掌握された人々の心を元に戻すことが出来る。」

 本来ならかけるまでに何日もかかる難しい魔法だ
 しょせん機械に任せたところでどこかしら甘いところが出るのだろう
 そしてそれが機械の崩壊即ち魔法の解除に繋がる…と言うところか?

「…戦争は回避出来る、ってことか?」

「そうなるね。」

「そしてお前はその為に単身ブルメシアに乗り込む、ってワケか?」

「そうだよ。」

「…ダメだと言ったら?」

 俺はあいつの目を見据える。

「…嫌だ、と言ったら?」

 あいつも俺の目を見据える。

「…お前一人じゃ無理だ。」

「…そうかも、しれないね。」

 ブルメシアに乗り込むとすれば、当然連中も黙っちゃいないだろう。

 一般市民から兵士、更には圧倒的な力を持つテラの民まで総力を持って襲い掛かってくるだろう。
 それを突破して機械を破壊しようって言うんだ、並みのことじゃない。

 そんなことはあいつも理解しているのだろう、顔に影が落ちる。
 だが、顔を上げ、言う。

「けれど僕にはそれをする責任がある。」

「…責任?」

「あぁ、責任さ。」

 何を言っているのかは…、漠然と分かる。
 あいつはあいつなりに、自分のかつての行いと向き合おうとしているのだろう。
 一度は滅ぼそうとした世界を、今度は守ることで。

 表情からもその決意の固さはとれる、だが…

「だからと言って死ねば取れるもんじゃない。」

「まだ死ぬとは限らないだろう?」

 あぁ、あいつは強い、ひょっとしたら成し遂げられるかもしれない。
 けれど、きっと無理だ。

「いいや、無理だね。」

「…何故?」

「あぁ、そんな切羽詰った顔してる限り、無理だ。」

 ハッとするクジャ、確かに表情はいつもと変わらない。
 だが、その額に浮かんだ汗は嘘を付けない。

 焦りは隙を生む。
 冷静な思考を奪い去り、動きに精彩を欠かかせる。
 
「…なら、どうしろと?」

「なに、簡単な話だ。」

 俺は親指を突き立てる

「俺も連れてけ」

 そして自分を指す

「…ごめん、少し話の流れが分からないんだが」

 珍しく困惑した顔をするクジャ、いやもう本当に珍しい。

「一人より二人の方が心強いだろ?
 それもこんなに腕の立つ男が相棒になるんだし、尚更だろ?」

「…そういうことは自分で言うものじゃないと思うけどね。」

「それに、俺がいた方が少しは気が紛れるだろう?
 お前が焦る気持ちは分かる、けど、そんなんじゃ出来ることだって出来ないぜ?」

 自分が居ない間に村が焼かれたと言う事実は
 クジャにとって精神的によほどのダメージだったのだろう。
 そりゃそうだろうな、俺だって「村が襲われた」って聞いた時は心臓止まるかと思ったし。
 あいつからすれば、ようやく見つけた自分の居場所を失うところだったんだ。
 尚更そんな出来事があって冷静でいられるワケが無い。

 だが連中は焦りを抱いてるようで勝てるような相手ではまずないハズだ
 だからこそ、俺がついて、あいつの気を多少なりとも紛らわせてやりたい

「ジタン…」

「…それに、俺も連中に対してはメチャクチャ腹立ってるしな…」

 テメェ勝手な理屈ぶち上げて、ようやく築き上げた平和をぶち壊そうとし
 ガーネットを襲い、更には村のジェノム達を、黒魔道師を焼き払った連中

「テラだか何だか知らないが、ガーネットやミコト達に手を出したことを後悔させてやろうじゃないか。」

「ふふ…、君も人のことどうこう言えるほど冷静じゃないじゃないか。」

 目には怒りの炎を浮かべる俺
 そしてそれを半ば呆れ気味に、けれど心なしか穏やかな表情で見つめるクジャ。

「でもまぁ、そうだね…
 一人でやるよりも二人でやった方が効率がいいだろうし…、うん。」

 そう言って右手を差し出すクジャ、俺はその手を無言で握る

「よろしくジタン、くれぐれも僕の足を引っ張らないでくれよ?」

「そりゃこっちのセリフだよ。」
 
 交わした握手、さぁ、コレで文字通り俺とあいつは手を組んだ
 後はブルメシアへ向かって出発…

 いや、待て、今の俺は女王の付き人って言う職業を持ってるんだ
 昔みたいな自由気ままな盗賊業とは違い、責任やら義務やら山ほど背負ってんだよ…

 とは言え、戦争阻止と職を天秤にかけたら、さすがに戦争阻止の方が大事な…ハズ
 とりあえず出国前に上司であるベアトリクスに理由話して休職させてもらおう…

 さて、理由は何と説明したもんかな…


続く


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