第三幕


 アレクサンドリア城、ベアトリクスの部屋にて
 椅子に座ったベアトリクスと、机を挟んだ先に、一人の兵士が報告書を読み上げていた。

「…以上が今回の騒動における被害の内容です。」
「…被害総額は?」
「まだ細かい数字は出ていませんが、大した数字にはならないかと思われます。」
「そうですか、…分かりました、報告ご苦労様、下がってよろしいですよ」

 ベアトリクスがそう言うと、報告書を読み上げていた兵士は
 報告書をベアトリクスの机の上に置くと、頭を下げ、部屋から出て行った

 誰もいなくなった部屋で、ベアトリクスは兵士が置いていった報告書を読み進める

 そして総括と題された、最後の一文にさしかかった時、ふと呟く

「”全体としては大した被害では無い”…、か」

 確かに今回の被害に関しては、「大したことがない」と言えるだろう
 けれども、今回の騒動の発端になったという男二人は、依然、消息不明

  ―近い内に、必ずまた何かが起こる、その時はきっとこんなものではすまない

 ベアトリクスの剣士としての勘は、そう告げていた。


 I miss you. 3


 あの後俺を待ち構えていたのは
 ベアトリクス直属の女性兵士による事情聴取だった。

 「何でそんなもの受けなくちゃいけないんだ…」と不満こそ出るものの
 さすがに事態が事態だけに受けないワケにもいかず、渋々それに応じ

 とりあえず、現状俺の知ってる全てを伝えた後
 アレイ達との戦闘後、どこかに消えたクジャを探そうと城内に入ろうとしたところ…
 出入り口のところに立っていた顔見知りの兵士長に「ガーネット様が心配しておられましたよ」との報告を受けた。

 とりあえず兵士長には、俺は無事であること
 それとこれからどうしてもやらなければならないことがあるので、申し訳ないが付き人の仕事を早引けさせて欲しい
 …と言った主旨のことを、ガーネットに伝えてくれるように頼んでおいた。

 …そう、俺がこれからどうしてもやらなければいけないこと
 それは、あの二人の男の話を、戦闘後、忽然と姿を消したクジャから聞き出すことだ。

 何かしら思わせぶりなことも言ってたし
 何か知ってるだろう、きっと、多分、クジャだし

 自分をテラの人間だと言っていた二人…
 片方は俺達ジェノムを作ったと
 そしてこの世界を手中に収めたい
 要は「世界征服がしたい」ってことなんだろう

 普段ならそんな馬鹿げた話笑い飛ばしてやるところだけど
 アレだけの魔力、戦闘能力を見せられたら、さすがに笑ってられない。

 タマタマ俺の手に魔法を無効化させるアビリティがあったことと
 奴自身に慢心があり、そこから生じた油断をついたおかげでどうにか退けることが出来たものの…

 もし奴に慢心が無く、最初から魔法による飽和攻撃を実行されていたらと思うと、思わず冷や汗が垂れる。

 そして、更に恐ろしいことに、まだ奴は生きている
 今度来る時には、恐らく、いや間違いなく初めからあらゆる魔法を駆使して俺を殺しに来るだろう

 それで被害を被るのが俺だけならともかくとして
 現実問題、城下、城内に、間違いなく被害が出ること
 ともすれば、ガーネットの命も危険に晒してしまう事態になる可能性も…

 ハッと、それらのことに気づいた瞬間
 俺は連中を逃がしたことを心の底から後悔し始めた。

 そう、奴は、アレイはハッキリと明言していたのだ。

 「今回は君を捕獲しに来ただけなんだけど
  なんとこの国の女王様が君と一緒にいるじゃない
  まぁ、やはりこの世界を手中に収めたいと思っている者の一人としては
  その国の女王を殺れる、千載一遇のチャンスなワケでさ、思わず攻撃しちゃったよ、ハハハ」

 迂闊にも程がある、己の不甲斐なさに心の底から嫌悪した。
 俺は、どうしようもないミス一つでガーネットの命を危険に晒したのだ。

 そして、城下の民だって、城内の人々だって
 皆俺と同じように大事な人がいる
 そういった人々をも危険に晒したんだ、それも数千、いやもしかしたら数万人単位でだ。

 途端に気持ちが焦り始める、悪い想像ばかりが頭に浮かぶ

 奴は最後に見た限りかなりの重症だった、普通に考えれば、どんな治癒魔法を使ったところで全治2週間は…
 いや、しかし果たして連中に俺達の「普通」が適用されるのだろうか?
 相手は何もかもが未知数だ、ひょっとしたら一日で完治してしまうかもしれない。
 アレだけ怒ってた奴のことだ、完治と同時にまた攻めてくるだろうし、その場合、一刻の猶予だって無い。

 それに―

 …いや、とにかく、詳しい話をクジャから聞こう、ここで一人何も分からないまま想像を続けるよりも
 あいつの話を聞いて、より詳細な情報を元に今後の方針を組み立てていった方が建設的だ。

 その為には、まずあいつの捜索からだな

――――――――――――――――――−−−

 あの後…

 私はスタイナーとベアトリクスに支持を下した後
 急いで大広場に行き、動揺する国民達に私の口から状況説明をし、事態の収拾を図った後
 今度は迎賓室へ急ぎ、各国の国賓達にお詫びを言いに行ったり等など…

 とにかく大忙しで、今になってようやくほんの数分の休憩がとれたものの
 あまりの疲れに、こうして自分の部屋のベッドの上に、着替えもしないで伸びてるんだけど…

 ベアトリクスに支持をする際、近くにいた兵士長さんに、ジタンの元へ加勢に行くようお願いしたところ
 十数名の兵士を引き連れて現場に駆けていったところまでを確認
 その2時間の後、その兵士長さんからジタンが無事であること
 それと、「どうしてもやることがある」から今日は付き人の仕事を早引けするとの報告を受け、了承こそしたものの

 何故か…

 嫌な予感がしてたまらない
 何か悪いことが起きなければいいのだけれど…

――――−―――――――−――――−−

 ―見つからない

 あの野郎マジでどこ行った
 かれこれ1時間半以上城の中を駆け回ってるってのに…

 ちなみに、その1時間半の内の半分近くは
 今回の騒動で動員された兵隊や学者達に呼び止められて、今回の騒動について聞かれた時間だったりする

 城内では騒動に関しての情報が、随分と錯綜しているらしく
 女王の付き人である俺なら何かハッキリとした情報を掴んでると思ったらしい

 まぁ、俺も彼らの立場だったら同じように話を聞こうとするだろうけど
 今の俺の立場からすると、これだけ急いでる時に話を聞いてくるのは本当に本当に勘弁して頂きたかった。

 さて、とりあえず調べられるところは全部調べた
 他に調べてないところと言えば…

「まさかな、まさかとは思うけど…」

 俺は歩き出す、唯一残されたその部屋へと向かい

 そして約5分足らず後、俺はそこに辿りつく
 ドアを開いて最初にこの目に飛び込んできたのが‥

「やぁ、ジタン、遅かったね」

「ここにいたのか、クジャ…」

 俺の部屋中央に置いてある椅子に座り、くつろいでいたクジャだった。

「…何も言わずにいなくなるなよ、随分探したんだぞ」

 俺は肩を落としながらそう言うと、台所へ向かう
 あの戦闘以来動きっぱなしでいい加減疲れた、何か飲んで一息つこう…

「紅茶作るけど、お前も飲むか?」
「あぁ、喜んでいただくよ」

 ‥部屋に入るまでは一刻も早くクジャから話を聞きだそうと思っていたものの
 人の部屋でくつろぎきってるあいつの顔を見たら、一気に緊張感が解けてしまった

 とりあえず簡単に紅茶を作ると、テーブルの上に置く
 片方はクジャの席の前に、片方はテーブルを挟んでクジャと向かい側の自分の席前に

 そして俺が席に付くと同時に、はじまるティータイム

「‥っで、どうしてあの後突然いなくなったんだ?」

 紅茶を少し啜りながら、質問する俺

「アレだけの騒動の後だし、兵隊から質問攻めに合うのは目に見えてたからね
 めんどうごとは嫌だから早々に退散させて貰ったよ」

 同じく紅茶を啜り(しかし物腰は優雅に)ながら、しゃあしゃあと答えるクジャ

「それならそれで何か一言残してけよ…、かなり探したんだぞ?」

 ゲンナリした顔でクジャにそう言うも

「ハハハ、それは悪いことをしたね」

 一切の謝意の感じられない、けれど悪意も感じられない、極めて爽やかな笑みでそう返される

「…少しは悪びれてくれよ、頼むから」

 俺は心なしかより深まった疲れを癒すため、紅茶にレモンを搾る
 ギュっと、紅茶が白濁しちゃうくらいに、そりゃもう大量に

 『ビタミンCって疲れを癒す効能あったっけ?』とか既に今更な疑問を浮かべながら
 最早紅茶と言うよりもレモンジュースと化した飲み物を飲みつつ

 何気なくクジャのことを観察してみて、ふと思う

 同じ部屋にいて、同じ椅子に座って、同じテーブルを使って
 同じコップを使って、同じ物を飲んでるのに

 …どうしてあいつから底はかとない気品を感じるのか、俺は不思議でならない

 やっぱアレか、重要なのは物腰か?
 あのクネクネとした動きと、キザったらしい仕草がツボか?
 俺も真似してみれば多少は気品が出るかな・・・

 と、ふとクジャっぽい自分を想像してみた

 アンティーク調の家具に囲まれ
 これまたアンティーク調の椅子に足を組みながら腰掛け
 手は組んで膝の上に、顔には常に不敵な笑みを浮かべつつ、流し目をする俺

 …あまりの気色悪さに全身に鳥肌が立ってきた

 俺はその浮かんだイメージを洗い流すように紅茶を飲み干すと
 真っ向からクジャの目を見て、とにもかくにも本題を切り出す

「…それで、お前は何を知ってるんだ?」

 ようやく来たか、と言った感じでクジャは返答する

「何を、と言われても答えづらいな、君は何を知りたい? 知ってることなら答えるよ」

 クジャはそう言うと、ズズッと紅茶を華麗に啜る

「そうだな‥、じゃあ、まず奴らは何者なんだ?」

「彼らはテラの人間だよ」

「テラの?」

「そう、テラの」

「けれど体はジェノムだったぞ?」

「あぁ、体はね、魂はテラの人間の物が移されてる」

「テラの人間の魂? それって確か…」

「‥うん、僕がテラごと消滅させたんだけど
 あの時消滅したのは全て一般市民だったらしくて
 どうやら一部の人間の魂は、あそことは別の場所で保管されていたそうだよ」

「一部の人間?」

「そう、一部の人間、主に王族や貴族と言った上流階級の人達が数千人
 それと、今回来た二人が所属する、王族を守るために作られた、直属の機関の人間が数十人だよ」

「直属の機関?」

「例えばそうだな、アレクサンドリアで言えばプルート隊…みたいなものかな?」

 微妙…

 あまりに微妙な例えに、一瞬「それじゃあ大したことないんじゃ」と思わず考えたが
 先の二人の戦闘能力を思い出すと同時に、認識を素早く切り替える、これはヤバイ
 あんなのがまだ数十人単位でいると言う事実に思わず冷や汗が垂れる。

「…ん? どうしたんだい、ジタン、顔色悪いよ?」

「いや、何でもないよ、うん」

 まぁ、今から尻込みしててもしょうがない
 それにこれから先の話し次第では、連中と和解の道も…

 直後、喜色満面で自分を殺しにきたアレイの顔が頭に過ぎる

 う、うーん…
 と、とにかく、それはひとまず置いといて、だ

 あの二人はテラの人間の魂を移植されたジェノムであり
 王族直属の機関の人間、と

 俺は混乱しそうになった頭を簡単に整理すると、次の質問に移る

「なるほどな…、っで、次の質問だけど」

「なんだい?」

「あいつらの目的は?」

「以前はこの世界との融合だったけど、今回は支配かな?」

「支配か、やっぱ本気でやる気なんだな
 それで、なんでまた?」

「テラの消滅により融合が不可能になり
 別個の固体としてお互いが存在することになった
 それなら戦争して支配してやろう、って感じらしいね」

「…なんだそれ? 言ってることがメチャクチャだぞ
 共存とか、そっちの方向は?」

「考えすらしなかったらしいよ
 聞くにテラは極端な覇権国家だったらしいからね
 侵略した国から資源を搾取することにより国を運営してたそうだし
 基本的に自分たち以外の存在は全て搾取対象だ、くらいにしか思ってないんじゃないかな」

「なんだそれ…」

「テラの歴史は常に侵略と共にあったからか、とにかく選民思想が強いらしくてね‥
 進んだ科学技術や魔法技術等を要し、この世界からすればありえないまでに発展した国にいたテラの民からすれば
 まるでこの世界の人間なんて未開の土人にしか見えないってのも、また彼らのプライドからして共存はありえない話なのかもしれないねぇ」

 まぁ、それも想像の域は出ないんだけどね、と紅茶を啜るクジャ

 要は「気に入らないから戦争して支配してやるぜ」ってことか
 なんて迷惑な…

 しっかし、さっき考えた和解の道がこうも早くも頓挫するとは…

「…まぁ、色々と理解しがたいけれど、戦争する気なのは分かった
 ただ、先の話を聞く限り、現存する奴らの魂は数千人分しかないみたいだし
 戦争以前に、この世界に国としての体を成すことは困難だろうし
 仮に出来たとしてもとても戦争出来るほどの国力を持てるとも思えないし
 そもそもそんな人口数千人の集落を国って読んでいいのか? って感じなんだけど…」

「うん、そこで彼らは一つの解決策を打ち出した」

「解決策って…、解決出来るのか?」

「普通はどう考えても無理な話しだけどね
 それをムリヤリ解決しようって言うんだから、これがまたトンでも無い話なんだよ」

「例えばジェノムを大量生産して一般市民の代わりにする、とか?」

「それは一度考えたみたいだけどね、大量生産するだけの人材も機材も無いからあきらめたらしい」

「そうなのか…」

「うん、それでね、浮かんだ策って言うのがね、国の乗っ取りだったんだ」

「国の乗っ取り?」

 思わず怪訝な顔をする俺を見て、クジャは続ける

「テラの技術があれば、他人の心を操作することが出来るから…
 それでその国の王族、貴族、一般市民に至るまで全ての人々の心を操作し、意のままに操れる人形にし
 静かに国を乗っ取る、そして時を見て、上流階級の人間の魂をテラの人間と移し返し
 それと同時に国名をテラへと変え、諸外国に対し戦争を仕掛ける、それが彼らの策だそうだ」

「そりゃまた途方の無い…、でも待てよ、そんな人の心を操作出来るのなら
 ひょっとしたらこの国の貴族の誰かが操られてる可能性があったりするのか?」

「それがね、一概に心を操作すると言っても
 人種や個体によって効果が現れるまでの時間が違うらしいんだ
 例えば…、ベアトリクスのような”人間”の場合、心を制御下に置くのに…
 そうだね、個人差もあるけどね、大体三〜四日はかかるらしくてね
 おまけに完全に操作する為の条件付けが山ほどあるらしいし
 とにかく手間がかかってしょうがないらしくて、とてもやってらんないそうだよ
 この国みたいに貴族が人間で占められてる国なら大丈夫…じゃないかな?」

「お前にしては随分と弱気だなぁ」

「うーん、それがね、この情報源の猿はどうも頭の出来がよろしくなくてね
 大まかなことは知ってても、詳細までは理解してなかったらしくて
 そのせいで伝えられる情報がどうしても限られてくるんだよ」

 クジャは珍しく困ったような顔をする、いや、本当珍しいな

「情報源の猿…、って、そいつは一体誰なんだ?」

「あぁ、そう言えば説明してなかったね
 そいつは例の機関の人間なんだけど
 大体・・・3日前かな? そいつが僕らの村に大群引き連れて攻めてきたんだよ」

「…ハイ?」


続く


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