私がその質問をした時、兄さんは少し困った表情を浮かべた。
 ……軽率だった、兄さんの境遇を考えると何て無神経な質問だったんだろう。

「いや、気にしなくていいよ、ミコト。」

 知らず後悔の色が顔に出てしまっていたらしい。兄さんはそう言ってくれると、言葉を続けた。

「そうだね、僕にもまだよく分からないけれど……、君達との暮らしてで分かったことならあるよ、それはね――」


I miss you.

番外編2

-Why is that?-


 その日はジタンにとって初めての休日だった。
 女王の付き人と言う仕事の性質上、滅多にとれない貴重な休日(本編6話参照)。
 そんな日を、彼はジェノムと黒魔導師が暮らす村でノンビリ疲れを癒していた。

 ……かつて、崩壊を続けるイーファの樹に一人残ったクジャをジタンは助けに走った。
 何とかクジャの元へ辿りつき、脱出を果たしたまでは良かったが、そこでジタンもまた深い傷を負った。
 傷つきボロボロの二人、しかし行き場のなかった彼らを受け入れ、看護したのがこの村の人々であった。

 当時ジタンは自らの兄弟分であるジェノム達や、似たような境遇にある黒魔導師らが多く暮らすこの村にある種の親近感を抱き始めていた。
 そんな矢先、傷つき倒れた自分たちを助けてもらい、更には半年近い村での生活で村人達と親睦を深めた結果、
 今やジタンにとってこの村は第二の故郷と言っても過言ではなかった。

 だからこそ彼はこの村で貴重な休日を過ごすことを選んだ。
 激務によって磨り減った神経を癒す為、より安らげる場所にいたかった彼にとって、ここはうってつけの場所だったのだ。

 さて、そんなジタンが現在村のどこにいるのかと言えば、ミコトとクジャが住む家にいた。
 しかし現在クジャは出払っている為、家にいるのはジタンとミコトの二人だけだった。

 木で作られた椅子に座り、船を漕いでいるジタン。
 彼とテーブルを挟んで向かい側で同じく椅子に座っているミコト。

 ミコトの手には棒針と毛糸があり、先日村で生まれた赤ん坊の為に服を編んでいた。

 ふと、そんな彼女の手が止まると、ジタンに向かって声をかけた。

「ねぇ、兄さん」

「……ん? どうしたミコト?」

 半分眠りの世界に行っていた意識を目覚めさせ、答えるジタン。
 声をかけてから兄が眠りかけていたことに気づき、申し訳ないと思いつつ続けるミコト。

「兄さんって、ガーネット様のことは『ガーネット』って呼ぶわよね?」

「あぁ、仕事中は『女王様』だけど、二人の時はそうだな。」

 どこか気だるげに答えるジタン。ミコトは続ける。

「ビビ君のことは『ビビ』、エーコちゃんのことは『エーコ』
 フライヤさんのことは『フライヤ』、クイナさんのことは『クイナ』 
 サラマンダーさんのことは『サラマンダー』、ベアトリクスさんのことは『ベアトリクス』……」

 ジタンと親しい人と、その呼び方を復唱していくミコト。
 不思議そうな顔するジタン、落ちそうな瞳を何とか落とさないように努力している。

「みんなファーストネームで呼んでるわよね。」

「あぁ、そうなるな。」

 「それがどうしたんだ?」とジタンが向ける眠たげな瞳を、ミコトは透き通るような瞳で見つめながら、言った。

「なのに、どうしてスタイナーさんだけラストネームで呼ばれてるの?」

 一瞬、ジタンは固まった。

「前から少し気になってて……、どうしてなの?」

 更に続くミコトの疑問の言葉、言われてみれば確かにどうしてだろう……? ジタンは考えてみる。

 正直そんな明確な理由は無い、「気づいたら」と言うのが限りなく正解に近いだろう。
 しかし何故「気づいたら」そうなっていたのか? 理由があるとすれば、あの取っ付きにくい雰囲気が大きいのではないか。
 元来頑固一徹の武人肌、最近は大分柔らかくなったとは言え、少なくとも気軽に「よう、アデルバード!」なんて呼べる感じではない。

 と言うか今でも普通に怒られそうな気がするのは彼の気のせいだろうか?
 ……いや、実際気のせいだろう。実際はジタンが城で働くようになってから何かと親睦を深める機会も増え、
 形は違えど互いに女王を守る立場にいると言う仲間意識から大分親しくなっているし、ファーストネームで呼ぶくらい今更何てことないだろう。

 ジタンもそれは分かっている。
 けれどそれでも呼ばない、否、呼びたくないのは、「今更」と言う感以上に「こそばゆい」からだろう。

 呼び名を変えると言う行為には二通りの意味がある。

 それまでファーストネームで呼んでいたのを突然ラストネームに変えれば、それは拒絶や敵対を相手に感じさせるだろう。
 しかしそれまでラストネームで呼んでいたのがファーストネームに変化すれば、より親しみを相手に感じさせるだろう。

 元々彼とスタイナーには、それなりの信頼関係はあったが、親しいと言うほどの関係でも無かった。
 それが環境の変化により徐々に親しい関係にシフトしたと言う状況の為、どうも素直に友愛の情を示すのが気恥ずかしかった。

 彼自身「馬鹿らしい」と思うが、こう言う感情は理屈ではないのだ。

 そしてこの考えをミコトに伝えるのもまた気恥ずかしかった。
 しかし仮にジタンの話が彼女の好奇心を刺激してしまえば、瞬く間に洗いざらい話さざる得なくなるだろう。
 この村での数年間の生活によって彼女も大分感情の機微が分かるようになってきたが、まだ分からないことは多いのだ。

 分からないことがあれば追求する彼女の性格を、基本的にジタンは好ましいと思っている。
 好奇心や探究心と言った物を持つのはいいことだ、それは見聞を広め、知識を深め、心を成長させる。

 出来ることならそれを満たしてやりたい、だが、自分の持つ感情をそのまま話すのはさすがに抵抗があった。
 かと言って適当なことは言いたくもなかった、ミコトのあの透き通るように純真な瞳に嘘は付きたくなかったのだ。
 ……単に妹に甘いだけとも言うが。

 決して嘘は付かず、本音を隠し、更に彼女に疑問を抱かせない為に……、彼は僅かに考え、こう答えた。

「……簡単なことさ、俺たちにとって呼び名なんて大した意味はないんだ。」

「大した意味は……ない?」

「そう、俺たちには深い信頼関係があるからな。」

「深い信頼関係……?」

「そうだな……、例えるなら、俺やクジャとミコトが兄妹って深い絆で結ばれてるように、な?」

 本音半分、誤魔化し半分だった。今更呼び名でどうこうなるような柔い仲じゃないと言うのは本当だ。
 けれど呼び名に意味が無いとは思わない、どちらかと言えば衒い無くファーストネームで呼び合える方がいいだろう。

(さて、この内容で納得してもらえたかな……?)

 ジタンはミコトが更に追求してくるだろう言葉を想定しつつ、彼女の様子をチラっと見てみると、何やらぶつぶつと呟き自分の世界に入っている。

(……納得して貰えたんだろうか?)

 疑問は残り、何を呟いているのかも気になるところだったが、元より眠かったこともあり、ジタンはそのまま船を漕ぎ出し、間もなく眠りについた。
 そのことに気づいたミコトは呟くのを止め、眠る彼を起こさないよう静かに毛布をかけた。

 こうしてジタンの休日は穏やかに過ぎていくのだった……







 「――それはね、愛情ってやつさ」

 「あいじょう?」

 「あぁ、お互いがお互いを想いあうことで絆が生まれ、愛情が生まれる……
  そんな想いの強い結びつきがあれば、きっと僕らも『家族』になれるんじゃないかな。
  ……いや、『なれる』なんて言ったらジタンに怒られそうだな。『俺たちはもう兄妹だ』ってね。」

 クジャ兄さんはジタン兄さんの真似をしてそう言った後、嬉しそうに笑った。
 つられて私も笑みを浮かべた、きっとジタン兄さんならそう言うだろう。

 私たち二人はどこか物事を小難しく考えすぎてしまう。
 おまけにすぐにマイナスなことを考え、挙句ズルズルと思考の深みに嵌ってしまうことだってある。

 そんな私たちをいつも救い上げてくれるのがジタン兄さんだった。
 だから私は、そしてきっとクジャ兄さんだって、口にはしなくてもジタン兄さんのことを深く慕っている。

 これがきっと『愛情』ってものなんだと……、私は思った。




「絆……、そう……、兄さんとスタイナーさんも深い絆、つまり愛情で結ばれた関係なのね……」



 ……一重に親しい関係と言っても色々とあるのだが、彼女はそれらの区別をよく知らなかった。
 故にミコトにとって「愛情」と言う言葉は親しい関係の人間同士が持つ感情の総称だったのだ。
 
 しかしそんなことは露知らない村人達が後に彼女から話を聞いた結果
 ジタンとスタイナーの関係についてあらぬ誤解が生じてしまうのも無理からぬ話であった。


「おい、知ってるか? ジタンとスタイナーって騎士が恋仲らしいぜ」

「へー、マジか、でもあいつって確か女王様とも恋仲なんだろ? それと女騎士を天秤にかけるたぁスゲェ度胸だな」

「それがスタイナーって騎士は男らしいぞ」

「あいつそっちの気があったのか……、ってことは何か? 女王様と騎士を天秤にかけてるってのか!? ますますスゲェ度胸だな!」


 ……頑張れジタン、未来はきっとキミに微笑んでくれるハズだ。




 


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